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今になって漸くルドヴィカは、所詮庶民のルドヴィカに婚約の話を公爵家が持ちかけてきた理由を悟った。
要するに彼等公爵家の方々の狙いは、カレルへとかけられた呪いが公になる前に解く事なのだろう。付け加えるならばここだけの話、と言い含めたところを見ると一般庶民だけではなく外交関係や貴族院、もしかしたら王家にもひた隠しにしている可能性がある。
確かに公爵家の人間が呪われたと公表されるのは外聞が悪い。歴史的に高貴な身分の方々や、政治的な思惑により著名な人間が呪われた事件は数多いけれど、その動機がみっともなければどうだ。恐らく、呪われた本人も含めてその事実は一族の恥となる。原因によっては身分の剥奪すらあり得た。
更に推測するならば、現段階ではカレルの呪われた原因も、呪った呪法師も判明してないのではないか。基本的に呪いは、かけた呪法師本人にしか解く方法はない。呪いをかけた犯人が判明していれば、無関係のルドヴィカにこのような話を持ちかける必要はない。
そこで解呪という世界的にも珍しい能力を持つ娘に目をつけた。そして都合の良い事に、この娘はどうやら公爵家の長男に好意を抱いている。利用しない手はない。
きっと最初からエスキルとの婚約の話そのものが、釣り餌だったのだ。あわよくば公爵夫人になれるという餌をぶら下げ、身の程知らずな庶民を公爵家とは名ばかりの家系の末端に加える。後は強引にでも自分に呪いを解かせる腹積もりなのだろう。自分達の側に引き込んでしまえば、下手に公爵家の内情を口にする事は出来なくなるから口止めも必要ないし、あちらも公爵家の次男坊という扱いに手間取る人間を片付けられると考えたなら、納得がいく。
「失礼ですが、我々はエスキル様との婚姻だと思い本日の日を迎えました」
先程までとは違った緊張感を滲ませながら、父親が質問する。その声は低い。
「ええ、ええ。そうでしたね。けれど先程言ったように、エスキルよりもカレルの方がきっと彼女と仲の良い夫婦になれると思うのよ」
二人の男子の母親には見えないくらいに、ガートルードは若々しい。しかし彼女はにこやかに笑っていても、自身よりも遥かに年を経たルドヴィカの父親よりもずっと貫禄と迫力があった。
「それとも」
猛禽類を思わせる細い瞳がぐっと、鋭くなる。
「次男のカレルでは結婚相手としては不満なのかしら?何故?」
その言葉が意図するところなんて、一目瞭然だった。
彼女は今回の話に一も二もなく飛び付いた自分達を、公爵家次期当主の妻という身分しか見えてない、下賤の者だとしか考えていない。
悔しかった。確かに彼らはルドヴィカの事など何も知らないだろう。玉の輿など求めてないと彼等は思ってない。
少なくともルドヴィカは寧ろ身分も美しさも、外交や政治についての知恵もない。自分にそのような立場が務まるとは思えっていない。親は兎も角ルドヴィカ自身は公爵家当主の妻の座など欲しくはなかった。
それでもエスキルの役に立ち彼が必要としてくれるなら頑張りたいと思ったのだ。それを、なんとか伝わらないかと思う。ルドヴィカは口を開いた。
「わたしはエスキル様とお会いして、交流していただいたからこそ、エスキル様のような方が望んでくださるのでしたら、と思ったんです」
「大丈夫。カレルと話してみたら、きっと気が変わるわ。大人しいけれど凄く良い子よ」
全く話が通じる気がしない。精一杯のルドヴィカの抗議も、ガートルードにとっては次男との婚姻では不満な強欲さの言い訳にしか聞こえないのか。
何も言う気も失せた。何をどれだけ言葉を尽くしてもきっと無駄だ。
「それにね、あなたも早い段階で縁談がまとまるなら相手に四の五の言っていられないのではないかしら」
その言葉にルドヴィカは顔をあげた。見つめた先にあるガートルードの微笑みに、死の告知のような、非情に冷徹な宣言をされるような予感があった。
白くなったルドヴィカの顔。真正面から、ガートルードから見て顔の左側、耳の上を大きく飾る美しい花の形を模した髪飾りをじっと見つめている。その視線の意図するところを感じて、身が竦むのを感じた。
「あなた、長年呪いをかけられ続けているんでしょう?かわいそうに。この話を逃したら、結婚相手を望むのは難しいでしょう」
憐れむような言葉とは裏腹に、はっきりとした侮蔑の念が言葉の中に含まれていた。
髪飾りで覆われている、自身の髪に触れる。何度解呪したところでしつこくかけられる呪い。小さな、くだらない呪い。こんなものに自分はこれからも苦しめられ続けると、はっきりと認識した。
この絶望に対抗する術はない。
両親はガートルードの指摘とおり、娘の嫁ぎ先に苦労するだろう事実に焦りを覚えているに違いない。それなら、ここで話が違うと公爵家に歯向かうよりも娘が片付く方が、彼等にとって利が遥かにある。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。エスキルに裏切られた事、顔も知らぬ呪われた貴族に嫁ぐと事実上決定した事。それもこれも、自分の浅はかさが招いたのだ。