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ただでさえ周囲の人間にとって異質な出自の学生が、品も作法もなっていない物言いで他の学生をあしらったとなれば、ルドヴィカが受け入れられる筈もない。
次の日からは行く人全てに大っぴらに陰口を叩かれ、大罪人のように指を差される始末であった。
「まだいるよあの庶民、いい加減姿を消してくれないものか」
そんな声があちらこちらから聞こえる。時にはひそやかに、時には堂々とこちらを睨みながら。そんな日々だ。
ほんの数名とはいえ、ルドヴィカと同じような出自の学生もいるにはいる。しかし彼らも学内においては圧倒的な多数派な上に、特権階級の持ち主である金持ち連中の冷ややかな視線を浴びてまでわざわざルドヴィカを庇ったり、敢えて親しくしてやるメリットもない。孤立した学生生活を送る事は避けられなかった。
(いや別にいいよ、別に)
自分は呑気な金持ち連中とは違う。将来の為、平凡な町民で人生を終わらせてなるものか、という気概を持って法術を学びに大学に来ているのだ。
諸国漫遊気分で外国からやって来た王子様や、結婚相手を品定めの為に高い学費を払って入学した貴族連中などとはそもそもの学業に対する意欲が違う。奴等と関わり合ってる暇などない。
負け惜しみのように自分に言い聞かせながら、疎外感から目を背けるように目の前の勉学に集中した。
誰も声をかけるどころか近寄ろうともしない、得体の知れない娘に声をかけてきたのがエスキルだった。
ファレスプラハには図書室が二つある。ルドヴィカがいたのは学生であれば誰でも出入りが許可されている、法術の基礎や神殿に纏わる歴史などの本が保管されている。貴重なものや、一学生に見せるには問題があると判断されたものは、また別の場所に保管されているらしい。
ただでさえ天井は高いというのに、天井すれすれにぶつかるかというところまで背の本棚が並び、その全てに本がみっしりと並べられている。小柄なルドヴィカでなくても、こんな場所で目当ての本を容易に手に入れるのは難しい。
それなのに、図書室にいる他の学生は必死に手を伸ばすルドヴィカを完全に無視していた。それどころか、嘲笑うような空気すら感じる。ますますもってむきになって背伸びしたが、明らかに無駄な努力だった。
「どれ?」
唐突に背後で明るく、跳ねるような声がした。
間近で聞こえたそれに、驚いてルドヴィカは振り返る。どこの酔狂が、自分に話しかけるというのかと思ったのだ。
そして固まった。
「本あり過ぎてどれかわからんな……」
飄々と言ったのはヴェルン公爵家の長男、エスキルに間違いようがなかった。
ふわりと揺れる金色の髪は、常に薄暗い図書館の中でも光り輝くようで、淡い水色の瞳を縁取る睫毛も髪と同じだ。間近で見るとルドヴィカより遥かに身長は高く、ずっと見上げていると首が痛くなりそうだった。
寒くなり始めた秋の日だというのに、大学の制服である外套は身に纏っておらず、白のブラウスとズボンだけだ。目立つ白のリボンは邪魔なのか、結ばずに襟からブラウスの中に放り込まれている。
「とりあえず足場持ってくるから、ここで待っててな」
「え、あ」
こんなきれいな人がこの世にいるなんて。遠目に見た時も童話に出て来る王子様みたいだ、とぼんやり思ったものだが間近で見る彼の美しさは段違いだ。呆気に取られて、まともな言葉が出て来ない。
いやそれより。どうして公子様ともあろうお方が、自分に話しかけてくるのか。
あんまりあっけらかんと話しかけられて呆然としている間に、彼はどこかに配置してあったらしい脚立を持って戻って来た。
身長差がある為か、屈んで話しかけてくる。ばくばくと心音が跳ねた音が実に不快だ。
「どの本が欲しいの?」
「えっ……あ、あれです。あの歴史の本。それと、下の段にある呪法の実践についての」
神殿の成り立ちと法術がこの地に広まるまでの歴史を記した本と、本当に基本中の基本である簡単な呪法の解説本を指差す。
「わかった」
ルドヴィカの示した本をやすやすと本棚から抜き取り、脚立から降りると彼は本を差し出してきた。
「はいどうぞ。見慣れないから新入生だよな」
「は、はい」
「貸し出し希望なら、司書に声をかけてね」
「はい。ありがとうございます……すみません、わざわざ、エスキル様にこんな事していただいて」
「あれ。俺名前言った?」
「ヴェルンの人間なので、エスキル様のお顔は存じてます」
「そうなのか。ごめん、わかってなくて」
そりゃあそうだろう。下町に頻繁に顔を見せるエスキルにしても、町の人間全て把握するのは無理難題が過ぎる。
「いえ、わたしこそ失礼しました。ルドヴィカ・バレンシスと申します」
「あ。これはどうも。エスキルです」
「存じ上げてます」
「名を名乗って貰ったので、こちらも名乗るのが礼儀かなって」
そう言ってはにかんだように笑う姿が、王子様のようなきらきらした容姿なのに、どこか可愛らしく見えた。