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最後に、学部長はルドヴィカの一部だけ不自然に短くなった髪について質問をしてきた。
「報告はあがっているけれど、改めてきみの口から話が聞きたいと思ってね」
説明も何も、祖母が孫に見当違いの恨みを抱いて呪っている。それ以上何を言えば良いのだろう。
ファレスプラハに入学を許可されたのも、元はと言えば自分はずっと呪われているというのに、他者にかけられた呪いを解く才能を持つ奇特な娘がいるという巷の噂話を、大学側が聞きつけたからだった。
学部長は自分の解呪の能力を不用意に漏らさないようにと言ったけれど、思えばこの能力を深く考えもせず使用してきたからこそ、本来ルドヴィカの家柄では許されないような場所で学ぶ許可が得られたのである。
この幸運を得られた幾ばくかの原因には、きっとララが関係している。
法術の才能そのものは誰にでもあるが、その能力がどれだけ秀でているかは血筋の影響が大きいと言われている。魔術と呪法、どちらの才能を持って生まれてくるのに関しても同じく、両親やその近縁の影響が深いらしい。
とはいえ、ララのように才能があっても学ぶ機会の与えられない貧困層の人間も勿論いる為に、才能ある者全ての人間を見付け出す事は困難だ。その為にはっきり断言出来る訳ではないが、母方の法術の才能がある者の話は聞いた事がない。
自分にある才能が、憎たらしい祖母から与えられた恩恵の可能性を思うと、なんとも言えない気持ちになる。
感謝なんてする気は全くない。絶対に感謝などしない。そう思っている筈なのに、僅か心に奇妙な引っかかりが存在しているような気がしてくる。
それは、後ろめたさなのかもしれない。鬱陶しい、憎たらしいと思っている人間の孫として生まれた為に与えられた才能に感謝もせず、利用して生きようとしている自分はひょっとしたらとんだ恩知らずなのではないか。
自分自身の整理しきれていない感情を排除して話しているつもりだったが、冷静に説明が出来た気はしなかった。
「……わたしは父の母親と一緒に住んでます。父の母親は呪法の才能に優れていたのに学校にも行けずに、故郷を追い出されました。そのせいか、わたしに解呪の才能があるのも、学校に行く事が出来るのも気に食わないみたいで、何度解呪しても呪ってくるんです」
「成程。きみの祖母は、呪法に使用する紙片やペンをどこで調達しているのかな」
ルドヴィカの家庭事情など、学部長はあらかた調べ上げ知っていることだろう。当然紙だのペンだのインクだの、使い捨てるように入手可能な裕福な家庭ではないとわかっている筈だ。
彼の質問はおそらく答え合わせの意味が近いのではないか、とルドヴィカは思った。ルドヴィカの祖母、ララが何者なのか。彼女の血を引くルドヴィカに今後、大学側が補助するだけの見返りが期待出来るかその根拠を、祖母であるララの才能に求めている。
「祖母……はい。祖母は口先だけの呪文で呪いを使う事が出来ます。その為か、わたしが何度呪いを解いても無駄でした」
「その話が事実なら、勿体ない才能の主だ」
「そうなんでしょうね」
学部長相手だからと取り繕ったわけではなく、本心からルドヴィカは同意した。
ララはもう高齢だ。彼女の才能を惜しんだとして、これから改めて呪法について学ばせようにも、彼女は簡単な読み書きしか出来ない。そんな時点から勉強を始めたとしても、呪法についての深い知識が身に付くのは何時になるか……その頃には、彼女がまだ健康を維持しているかも怪しい。
学部長がララの才能を惜しむのは無理はないと、ルドヴィカは思った。認めたくはないが彼女の才能は自分のものよりも、きっとずっと磨かれれば大きな力になった筈だ。
ララの孫であるルドヴィカに支援をするのは、解呪の才が惜しいだけではなく今後ルドヴィカが結婚し、子をもうけた時にその子に祖母の才能が受け継がれているのを期待しての事かもしれない。
学部長の言葉を鵜呑みにした訳ではなかったが、確かに自分は少しばかり自分の持つ才能の特異性について無頓着過ぎたかもしれない。自分の能力を不用意に口にするのはやめなければ、と改めて誓ったその日のうちに事件は起きた。
「あなた、庶民なんですって? それなのに大学に通うなんて、努力家なのね。凄いわ」
入学早々、とある貴族のお嬢様が話しかけてきた。貴族や商人などの特権階級の人間とは、縁もゆかりも無いルドヴィカは未だにこの時話しかけてきた彼女の名前すら知らなかったが、相手はお構いなしだった。自分を知らぬ者はいないと思っているのかもしれない。
手入れの行き届いた黒髪を背中に流し、美しく背中をのばして立つ少女は、突然話しかけられて唖然とするルドヴィカに一方的に話しかけたあと、にっこりと笑って尋ねてきたのだ。
「ところで、あなたはどんな才能をお持ちなのかしら。呪法に関する基礎授業を受けているのだから、呪法の才能なのよね?」
庶民のルドヴィカが学内で一人なのを憐れんだのか、それとも純粋なる親切心で話しかけてきたのかすらわからない。ともあれ彼女の言葉に、金持ちの会話の仕方など微塵も知らないルドヴィカは、はっきりと答えていた。
「それは言えません」
無礼とすら思わなかったので、質問に答えられない事を詫びる言葉すら出て来なかったが、これがいけなかった。
あっという間に『何の才能もない癖に大学にやってくる庶民の無礼者』は、ファレスプラハで浮いた存在となった。