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呪いと結婚  作者: 遠禾
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 ルドヴィカは戦争を知らない。


 自分が生まれた時には、ルーフスという国は既に大陸の大小様々な国に於いても、おいそれと手出しの出来ない大国という立場を手に入れ、長い間平和を維持していた。それは神殿の総本山であるアーテルとの繋がりが強い為、という話は幼い頃からなんとなく大人の話でルドヴィカも理解している。

 アーテルには唯一神を尊ぶだけではなく、神の僕にして人々を導きあらゆる知を内包する賢者の存在が、他国から畏れられる要因であった。彼の人と繋がりがある限り、ルーフスは永遠に安泰であって戦争や侵略、そこから生まれる貧困など自分には縁のない遠い世界の話だと無意識に思い込んでいたように思う。


 学部長の話は、ルドヴィカの認識を甘いものだと一喝するようなものだ。

「我々は最悪を考える必要がある。懸念材料をあげればきりがない。それに争い以外にもどんな試練が、いつ襲いかかるか我々は常に考える必要がある」

 そのような事を言われても、安易に納得するのも躊躇われた。


 何しろ彼の立場はルーフスだけではなく、神殿という国を超えた大きな組織にとっても、重要な存在だ。そのような人間の言葉に裏がないとはとても思えない。

 他にもう一つ、ルドヴィカには疑問があった。

「すみません。わたしには戦争の恐れと、わたしが危険という話がどう繋がるか理屈がわからないです」

 戦争も貧困も、ルドヴィカのような平民一人になんとか出来る問題じゃない。

 再度質問をする。学部長は何のことはない、という風に口にした。

「簡単な事だ。仮に他国や神殿との軋轢が生まれた場合、我が国の重臣を狙う為に使われる武器は、まず間違いなく呪法だ。そして現在、呪法にて生物をすぐに死に追いやる呪文は存在しない」

「え……」

「国王を亡き者とする為に病を与えても、直ぐに解呪されては意味がない。ならばまず、相手は解呪という手段を奪う必要がある。わかるかな」

 ようやく彼がルドヴィカが危険だと言っておきながら、法術の危険性や戦争が起きる可能性の話を始めたのかを理解した。それらは全く無関係な話題などではなかったのだ。


「例え話だよ。例えば誰かがルーフスに攻め入ろうと考えて、国王を呪った結果死の淵をさまようとする。だが、我々にはきみの存在がある」

「え、え」

「きみは呪いを解くだろう。きみがそれを望まなくとも、我々が強要するし断る事を許さない。さて、敵がこの事を知ったら次に何をしようと考えるだろう」

 理解が追い付かない頭で、必死に考える。ルーフスに仇なす者が、王を呪い殺そうとしたのを阻止されたら。それが、ルドヴィカの解呪の力が役に立った結果だとしたら。


 相手はルドヴィカを殺そうとする。彼は、学部長はそう言っているのか。


 そうしなければ、何度呪おうと無意味なのだから、先ず邪魔者を消そうとするだろうと。

「きみの立場がどれだけ危険か、わかってもらえたかな」

 余りにも自分の想像出来る範疇を超えた彼の指摘に、ルドヴィカは呆気にとられるしかない。


 自分に与えられた能力がルーフスのみならず、他国にもおいそれと見過ごせない、危険人物になりかねないとは夢にも思った事などなかった。

 呆気にとられながらも、ルドヴィカは信じられないとばかりに身を乗り出した。机の向こうにいる男は、取り乱すルドヴィカを見ても眉一つ動かさなかったが。

「わたし一人が、解呪が出来るからってそんな大事になるんですか?」

「ないとは言いきれないよね」

 淡々とした言葉が、逆に事の深刻さを訴えてくるかのようだった。それ以上何も言えず、ルドヴィカは黙りこむ。


「勿論そんな日が来ないように、我々は最大の努力をするつもりだ。その為にきみ自身も自分の身を守るよう努めて欲しい。自分に解呪の力があるのは絶対に他言禁止だ」

「あの……言いにくいんですが、わたし地元では解呪の事隠してなくて、みんなこの事は知ってます」

「それはもう仕方ないね。これからは他言は控えるように。きみの力を知る者から解呪の依頼などがあったとしても、一度我々に報告して判断を待ってくれ」


 学部長は青い外套に、金糸の刺繍がなされて学生服を指差す。

「きみはもうファレスプラハの学生だ。我々教職員は学生を身分で区別はしない。一度入学した以上、卒業もしくは退学するまできみ達学生は等しく我々が預かり、守る義務がある」

 彼の言葉の重荷はルドヴィカには理解しきれていない。

 それでも、それなりに特待生として入学を許されたのは自分でも思う以上の大事なんだとは、伝わってきた。

「そう……ですか」

「だからこそ、きみもファレスプラハの学生としての自覚を持ち、責務を担ってもらわねばならない」

 

 自分の能力が、自分で思う以上に世界を動かすような危険なものだと、はっきりと自覚出来たのかと言われると我ながら疑わしいが、少なからず大学側は自分の能力を高く評価してくれている。それは、ルドヴィカにとっては好都合だった。


「わかりました。このファレスプラハ大学の生徒として、これから精一杯努めます」

「うん。よろしく頼むよ」

 学部長の言葉は最後まで掴みどころがなく、どこまでその言葉に真意が潜んでいるのかはわからなかった。

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