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呪いと結婚  作者: 遠禾
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 大学の入学時から、学内で孤立している自覚はあった。

 貴族でもなければ膨大な資産を有する商人、職人の家系でもない。そんな家の、それも女が大学にいる事自体が他の学生にとっては奇異な目で見るのには充分なのだろう。


 その上、ルドヴィカは法術を学ぶ大学に入学する上で専門として学ぶものが存在していなかった。何を学びに来たのかわからない、何の才能があるのかもわからない平民風情が、と貴族でなくとも白い目を向けるには充分な出自である事はルドヴィカ自身承知しているつもりだ。


 ただひとつ、納得がいかない事があるとするなら自分が特待生として入学許可が降りた理由を話すのを禁止された。その程度の事だろうか。

 せめて自分には解呪の才能があると周囲に知らせる事が出来たなら、平民風情が、と軽蔑の目を向けられるのは避けられないにしても、何の目的で入学してきたのか訝しがられるような事はなかった筈だ。



 これは学部長直々に、入学する際の面談で忠告された為だ。


「きみの才能は、安易に周知するには危険な力だと我々は考えている」

 光がほんの僅か。カーテンの隙間から射し込むその光源をなんとなく目で追いながら、ルドヴィカは彼の言葉を聞いていた。


 ファレスプラハ大学の学部長。彼は現ルーフス王の弟だとか聞いた気がする。

 どうして貴族の身分から離れたのかはルドヴィカには知る由はない。生まれて直ぐに神殿のあるアーテルに出されたと噂に聞く程度だ。

 くすんだ金髪を後ろで縛った、五十代半ばの男だ。王家は代々魔術師を多く輩出していると言われるとおり、彼もまた魔術師なのだという。室内でも黒衣の外套を脱がないが、それでも彼の体躯は逞しく、術師としてではなく戦士としての才能もあるのではないかと思った。

 勝手に王族だの貴族だのは、きらびやかな重たく、動きにくい衣装を身に纏った人ばかりで、エスキルのような下町をうろちょろする人間が異質なのだと思っていた。ルドヴィカの貴族に対する偏見からはかけ離れた彼の外見には最初、とても驚いたものだ。安全圏から術を使うより、剣や槍を持って戦場に飛び込む方が余程向いているように見えた。


 強面で身体が大きい男に危険、と面と向かって言われてもルドヴィカにはさっぱり意味がわからなかった。彼が見た自分のどこに危険性があるというのか。

 大体自分にあるのは、呪われた対象をそれから解放する力だけだ。危険も何もないように思えたのだが。


「危険ですか」

 腑に落ちない、というルドヴィカの表情が見て取れたのだろう。彼は淡々と続けた。

「危険だと言っているのは、きみの身柄のことだよ。ルドヴィカ・バレンシス」

「わたしですか?」

 ますます意味がわからない。首を傾げると、彼は少し笑ったように見えた。小馬鹿にされたのかもしれない。

「今ルーフスは平和を享受しているように見えるが、それはあくまで表面上の話だ。このファレスプラハを始め、ルーフスが法術を学ぶのを強く推進しているかきみにわかるか?」

「ええ、と……法術が便利で、生活が豊かになるからですか?」

 言葉が心許ないのは、話しながらも自分でも曖昧な答えだと理解していたからだ。

「その意見も間違いではないね」

 意外にも彼は当てずっぽうとしか思えぬルドヴィカの答えを、否定しなかった。

 それでも彼の言葉を聞いて、正解を叩き出したとはとても思えない。

「本当の理由は何ですか?」

 ルドヴィカの質問には答えずに、彼は奇妙な事を口にした。


「きみは正直だね。それに素直だ」

「いえそんな事はないです」

 大学の偉い人に対して口のきき方がなってないな、と我ながら思う。しかし、彼の言う事は全く腑に落ちない。否定するしかなかった。

 自身の性格をわかりやすく説明しろ。と他人に言われたら、自分は疑い深い癖に考えなしで、やたらと卑屈で素直さからは縁遠い人間だと答えたと思う。考えなしな部分を正直と言い換えられない事もないが、そんな耳障りの良い言葉で飾って良い性格では決してない。


 今自分について、それも学業や法術に携わるにあたっての努力ではなく、個人の性格について言及されている意味がますますわからない。

 困惑しているルドヴィカに、学部長は見据えるように視線を合わせた。庶民の小娘にも伝わる、はっきりとした威圧感にこちらの背筋が伸びる。


「どこの国も狙いは同じだ。法術は、争いの道具には些か危険過ぎる程の力だ。それを他国に奪われる前に、自国に取り込みたいと我々は皆必死だ」

 彼の発言はルドヴィカにはあまりにも予想外だ。

「争い? 戦争が起こるんですか?」

「そうとは言っていない」

 学部長は否定したが、だからといって安易に納得も出来ない。

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