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「何時までそうやってるつもりですか?」
ヒュー・クエンティンは幼く見られがちな顔に、精一杯の剣呑かつ威厳のありそうな表情を作って載せ、自身の主君であり、従弟でもある男を睨んだ。
「嫌だ、行きたくない」
「あんたそれ良く堂々と口にしますね。呆れて言葉も出ませんよ本当情けないそれでも将来の公爵ですか? その姿領民に見せられたもんじゃなくダサいです俺だって見てられない」
「言葉も出ないとか言う癖に、そっちゃ長々と文句たれてるじゃねえかよ……」
広い部屋の隅っこに、でかい机を無理矢理押し込んで臥せって嘆く男に、ヒューはひたすら冷たい視線をぶつける。
全く、情けないったらない。
見映えだけはやたら良い癖に、その長身を丸めて頭を机に擦り付けた所為で、光り輝くような金髪がぼさぼさと跳ねている。はっきり言って見苦しい。彼の社会的地位を考えると尚更だ。
ルーフスの王家の血族は賢者の血をひいている、と主張する理由の一つが現王の甥である彼の瞳の色にある。賢者と同じ水色の瞳を持つ者は現ルーフス王家の関係者では、公爵と彼の第一子だけだった。
「大体あんたが全部仕組んだんでしょうがよ。会いたくないから大学行きたくないとか、後々こういった事態になるとは思わなかったんか?」
「考えてたけど、大丈夫かなと思ったんだよ。でもいざとなったら超やだ」
「それは考えてるとは言いません」
事の発端を聞かされている唯一の人間という、否応なしに共犯のような立場に立たされたヒューには、ここぞとばかりに愚痴を垂れ流される事こそが不快極まりないのだ。勝手に仲間意識を持たないで欲しい。
「婚約を持ちかけておいてその場で撤回するなんて、相手方に対する最悪な侮辱でしょう。よく思い付きますね、そんな真似」
「うう、うぐ」
「しかも本人に黙って勝手にカレルとの結婚に話をすり替えようとか……俺が相手方の家長だったら、公爵家に乗り込んでます」
「だって、そうでもしないとカレルとルドヴィカに縁ができねーし」
口を尖らせてぶうたれる。子供もみたいな拗ね方だが、もう二十歳になろう男が何をしてるのか。
「いやだから、カレルとその女性との間を取り持ちたいからって、相手方にお前との結婚だと期待させたのが最悪だろうって言ってんだ」
何にも言い返せなくなったらしい。ひでえひでえとしか従弟は繰り返さなくなった。どう考えても酷いのはお前の方だろうが。
ヒューはこの男の従兄である。血縁にあるとはいえ、公爵家に従属する立場である以上この六歳も年下の従弟に敬語を心掛けているのだが、あんまりこいつが情けないとつい言葉選びにも綻びが生まれる。
「きっと相手も嫌がってますよ、あんたと会うの。なんだったら、あっちから避けてくるんじゃないですか?」
「それはそれで……嫌だな」
じゃあどうしろと言うのか。机に齧りつきながら唸る公爵家嫡男を、我慢の限界とばかりにヒューは叩き飛ばした。
「うぐっ」
「あーもう辛気臭えな! 自分でやらかした事の責任はてめえで取れや!!」
従属する立場である以上本来許されざる言動ではあるが、実情年の離れた兄弟のようなものな関係故か、この程度のお戯れには本人は勿論、彼の父親である公爵だって普通に黙認する。
「ひでえ、ひでえよ従兄殿」
眉を下げて恨みがましく睨み付けてくる従弟を睨み返し、吐き捨てる。
「その呼び方は止めろと言っているだろうが」
ヒューがこの男に従属する立場にあるのは、彼の母親であるガートルード……即ちヒューの叔母にあたる人物が公爵家に嫁いだから、それだけではない。
唯一神を掲げ、その下僕たる賢者に従属する組織である神殿。その総本山である宗教国家アーテルで生まれ育ち、幹部候補として育った。その自分が、将来的には神殿との強い繋がりと発言権を得るだろうエスキルに仕える事となるのは、自然な流れだった。
「もっと主君らしくあれないのか?」
半眼で問うも、無駄に長い体躯を折り曲げてべそべそぼやいている従弟はこちらの言葉を聞く気はさっぱりなさそうである。
正直に言えば、この男の家臣という立場がヒューは気に入らない。
エスキルの事が嫌いとは言わないが、自分の主人とは思えぬ醜態をいちいち晒してくるのは、見るに耐えないものがある。
ヒューはエスキルを主人として扱おうとしているのにも関わらず、エスキルの方は身内の感覚で接してくるから性質が悪いのだ。実にやりにくい。
「兎に角準備してくださいよ。自分が振った相手に会いたくないから学校行きたくねえとかほざく主君、俺だったら斬り捨ててる」
「それもう斬ってんじゃねえの」
エスキルが気に食わないのは、この口の悪さにもある。庶民と触れ合い、彼らと交流を深めるのを悪いとは言わないが、彼らの言葉遣いが露骨に移っている。現に弟のカレルと比べると物の例えや些細な言葉選びに、品の良し悪しがはっきり出ていた。
「町の人間と関わるなとは言わないが、自分の品位を必要以上に落とさないでくれませんかね? ほら早く準備しろ」
「冷たい。従兄殿超冷たい……」
ぼそぼそ文句を言い連ねながらも、よらよろと漸くエスキルは立ち上がる。仮にも公爵家嫡男であるエスキルの従者が自分一人だというその理由は、責任感があるのかないの良くわからないふわふわしたこの男に、少しでも自立を促す為だ。
「こういうの、従者がやってくれるんじゃないの普通」
「甘えんな!」
国の許可を得た軍の人間と貴族の護衛、神殿の決まった階級の者しか武器の携帯は許されていない。勿論ヒューも帯刀している。懐のそれをちらつかせても良かったのだが、流石に耐えた。