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その後はもう散々だった。
それまでどっちつかずな態度で母親と妻に翻弄されていた父親すら、ドレスの話を持ち出された瞬間顔色を変えて激しく追求してくるものだから、ルドヴィカの逃げ場は完全に塞がれてどうしようもなくなった。
「正直に言わないと、大学の学費出さないからな」
「わ、わかった、わかったからそれだけはやめてっ!!」
「なら正直に話しなさい。何であんなに母さんに忠告されていたのに、大事なドレスを無茶苦茶にしたんだ!?」
肩を怒らせた父親にそう言われてしまうと、言い逃れする事も出来やしない。
ルドヴィカの人生は大学で決まる、と自分でもわかっている。ここで一般の町民として生きるなんて真っ平ごめんだ。
だからといってカレルとの出会いから全て馬鹿正直に白状するのは、もっと問題だ。
結果、ルドヴィカの作った言い訳は情けないものである。ドレスを着ているのを忘れ、林を散歩して帰ってきたと言う苦し紛れの言い訳に両親は天を仰いだ。
「無頓着だ、がさつだと思っていたけどここまでとは」
「お屋敷に行儀見習いにでも出せたら、まだましだったのかな……でも、うちじゃそんな申し出出来ないし」
激しい痛みを感じたかの如く頭を抑え、呻く父親に呼応するように母も嘆く。
流石に失礼ではないかと思っても、親の嘆きの原因は自分である。何も言い返せない。
「今回は何とか返済できる金額に抑えられないか、メリアに掛け合ってみるけど、今度こんな事やらかしたら、もう面倒見ないよ? わかってるね」
「う、はい」
「はいじゃないでしょ! ちゃんと謝んなさい!」
「ごめんなさい、ごめんなさい。もうしません、絶対しない」
ルドヴィカとしては、余程ドレス着た儘祖父母宅に押し付けたリアノルへと責任を押し付けたくもあるのだ。しかし、母親の気持ちを考えてしまうとそこを突いて文句を言うのも気が引けた。あの時両親と帰宅していたら、ララはそれこそ嬉々として引っ掻き回してしつこくしつこく嫌味と悪口を放ってきて、それは聞くに耐えないものであったろう事は目に見えていた。
その上、あそこで祖父母宅へ向かわなければカレルに出会う事もなかったかもしれない。そう思うと言い返すのも気が引けてルドヴィカはひたすら頭を下げるだけだった。
自室にいる筈のカレルは、ルドヴィカが帰ってきてからも麻袋から出て来る事はなかった。
再度袋を軽く振り回しながら、訴える。
「カレル様、もしかして怒ってますか? わたしが解呪出来ないかもしれないのに、安請け合いしたから」
袋越しでは直接触れる事が出来ず、カレルが何かを話そうとしていてもルドヴィカには届かない。直接袋の中に手を突っ込もうかとも思ったが、なんとなく気が引けてそれは止めた。
「明日からわたしは大学があるので、話をする時間は取れないと思います。だけど、わたしは解呪出来ると思ってるので信じてください、お願いします」
やはり返事はない。が、しつこく何かしら話し掛けたところで、カレルにとって今は不愉快な雑音でしかないだろう。ルドヴィカは諦める事にした。
「これから着替えますから、見ないでくださいね。すみませんが」
先程のカレルの反応からしても庶民の肌など見たいとも思わないだろうが、やはり自分もうら若き乙女である。寝衣に着替えるのだってそれなりに気を使うのだ。
寝衣に着替え、明かりを消そうとしてふと姿見に映る自分の顔を見た。
「腹立つな……」
均等な長さの自身の髪の毛。顔の片側が短い状態に、何時の間にか慣れてしまって、長さが揃っているのに違和感がある。
「そりゃそうか。こんなんじゃね。エスキル様も、そりゃね」
髪が伸びたところで、魅力などないのは良くわかっている。
取り立てて美しくない、顔立ちも体型も貧相な小娘だ。侯爵夫人の言うように、十六歳にしては背も低い。そして大学に通っているとはいえ、法術という狭き門で名を挙げようとするのは無謀でしかない。
「結婚、したかったのかな……エスキル様と」
ぴんとこないだとか、最初から身分が違い過ぎるだとか。そんな言い訳をして、本当はルドヴィカ自身が一番それを夢見ていたのか。自身の声だというのに、湿ったそれは忌々しく聞こえた。