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『わかった。ひとまずきみの話を信じる事としよう』
目の前で呪いを解いてもまだ疑ってんのか、と喉元まででかかったが、ルドヴィカは堪えた。
例の夫人のドレスにかけられた呪いの件。あの時に父親に叱られた事で初めて自覚したのだが、自分はどうやら言葉遣いが相当悪いらしい。その上場を弁えずに喋り出すから、親は気が気でないそうだ。
言葉選びが下手くそな上に慎ましさの欠片もない、実に粗野な性根が普段からあちこちにこぼれ落ちているらしい。今回の公爵家との顔合わせが心配で仕方がなかったのは、自分の粗にいまいち自覚がないのもあった。無自覚に公爵家に粗相をしては、口が悪いでは済まない。
ともあれ、まず自分の能力を信用してもらえなければお話にならない。カレルの人柄がよくわからない以上、彼を騙していたと認識されて後々公爵家を謀った重罪人としてひっ捕らえられでもしたら、こちらとしてもたまったもんではない。
「信じて貰えたなら良かった。それで、これからの事なんですが」
カレルの呪いを解くのが第一であるが、これが至難の業であるのは既に理解している。
『ああ、呪いを解いてもらえるか』
「それは無理です」
きっぱりと答えると、奇妙な沈黙が生まれた。
『……それは何故だ?きみは、呪いを解くと約束してくれたのではないのか?』
「今直ぐには無理なんです」
問われてまた、反射的に粗雑な返事をしてしまった事に気付く。今の物言いだと、解呪が出来るにも関わらずする気はないように聞こえるのは当然であった。
「先程話したとおりです。わたしが呪いを解く方法は、呪われた対象を見る必要があります」
カレルに話した過去にルドヴィカが出会った呪いの事例は、どちらも偶然呪われている人間に出会った事を端を発する。
「そして、呪われた人やものにはわたしにしか見えない呪いの証が浮かんでいる。呪った理由や、呪われた場所、呪われた人の名前なんかが見える。それらの情報から呪法師の作った呪文と、一字一句同じ文言をわたしが口にする事で呪いが解けるんです」
こんな力が何故自分にあるのか、そしてどうしてこの方法で解呪が出来るのかは大学と面談した段階でもわからなかった。
自分でも利己的な理由だと思う。解呪の能力をのばしたいのは、呪われた人々を救いたいなんて善良かつ清らかな思いからではない。
それでも、そんな利己的で自分勝手な人間であったとしても、呪われて苦しんでいる人間を見て何も思わない程には自分は人非人ではない。そう思いたい。
「あなたにかけられた呪いを解きたい。だけど、難しいかもしれないと気付いたんです」
『どういう事だ?』
頭上の水晶玉が、少し震えた気がする。不安そうな気配が伝わってきたように感じて、ルドヴィカは眉を寄せた。騙したつもりなんてないが、心が痛む。
「見えないんです。あなたの事と話している時に、水晶玉の姿をしたあなたを手に持って集中してその姿から文字が認められないか、見ていました。何にも見えないんです」
最初は、昼間でも薄暗い林の中にいたから見え難いのかと思った。
だが自室に戻り、ランタンの灯りに照らされた中でも水晶玉には呪いに繋がる言葉はひとつも見受けられなかった。
水晶玉に向かって、ルドヴィカは問う。
「あなたは、本当に呪われてそんな姿になったんですか?」
質問への答えはない。長い長い沈黙は、彼の困惑や不安を伝えるには十分だった。