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呪いと結婚  作者: 遠禾
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「信じられないのはわかりますがそうなんだ、としか言いようがないんですよ。まあ、そんな事もあると思って聞いてください」

 納得したとは思えないが反論は返って来なかったのでほっとしつつ、ルドヴィカは続ける。


「見えると言っても、呪われた人を見ただけで何もかもがわかるって訳じゃないんです。わたしに見えるのは……そうですね。どこを、どんな風に呪われてるか。端的な説明が見えます」


 その事自体は物心つくより遥か昔から自然のものとして、ルドヴィカ自身受け入れていた。

 耳を呪われている人には耳に何か書いてある。呪法を使用する事で、快適な能力が付与された物体があれば、それにもよくわからない落書きがしてあるように見えた。

 とても不思議な文字は、無知な人間には文字どころか意味不明な落書きにしか見えなかったが、何故かルドヴィカの目には最初から文字だとわかっていたように思う。母国語すらあやふやな幼い子供の目に、何故それが異国の字だと理解出来たのかは、今もわからない。


 幼い頃は親にあの大人は何故身体に落書きされてるんだと訊いても、何を言ってるんだと一蹴されただけだった。実際にこんな文字が書かれた人を見た、と一生懸命に自分の見たものを紙に描いて説明しながら見せたりしたりと試行錯誤しながら訴えたのだが、法術の知識のない親には何の事かさっぱりなようで、やはり子供の珍奇な行動だと片付けられて終わりだった。


「例えば脚が悪くなるように呪われた人がいたとします。わたしにはその人の脚に、こんな字が刻まれて見えるんです。その場所と、その人の姓名。それと脚をいかに傷付けたいかを切望する言葉が」

『……そんな馬鹿な』

「馬鹿げていても、事実だからしょうがない。先程も言いましたがどんな理屈かはわかりませんけど、わたしの解呪の方法は呪われた人に記された言葉から、実際にその人に呪いをかけた人間の書いた呪文を当てるんです」


 呪法には賢者が伝えたとされる古語を使用するが、古語さえ使っていれば呪法が成功する訳ではない。形式にのっとった文字を記す必要がある。

 呪いとして刻む言葉を呪文と言う。これらをただこいつが憎い、嫌い。苦しめ、などと憎しみを羅列したところで呪いとして発動はしない。それではただの愚痴や悪態でしかなく、呪いとは全くの別物だ。


 だからといって、頭から最後まで決まった文字数や文面でなければならない、という程厳しい制約が課されている事もないようだ。

 呪法が使えないルドヴィカにはぴんときていないが、ある程度体裁を整えてさえいれば呪法は完成し呪いは成就する。

「どんな理屈で、わたしの解呪の方法が呪いに作用するのかはわたしにもわかりません。出来るから、としか言いようがない」

『それが、先刻のきみの解呪の方法だと言うのか』

「そうです」



 最初は子供の手遊びにも似たものだった。

 傲慢な宝石商の跡取り息子が、何日も熱を出して枕から頭が上がらなくなって主治医にも手の施しようがない。

 他人を踏み付け、辛酸を嘗める思いをしながらも生活の為ならば、と自分の足元に跪く人間を足蹴にして見捨ててきた、そんな人間が自分の子供の事には必死になるのがルドヴィカには理解出来なかった。

 彼は町中を呼吸もおぼつかない息子を抱えながら、這いずるように家という家の戸を叩いた。何でもするから、息子を助けてくれと。

 自分の家に現れた親子の姿を、ルドヴィカははっきりと覚えている。彼の息子の全身には細やかな字が纏わりついていたのだ。


 不幸中の幸いなのは、この時のルドヴィカに古語が多少なりとも理解出来るようになっていた事だ。皮肉な事だが、自身の不幸に酔ったララが日毎ルドヴィカに聞かせる悲劇の中に、その知識が混じっていたのである。

 それをなんとか咀嚼し、読み取ると口にしてしまったのは、今思えば褒めて欲しかったからかもしれない。幼いなりに、大人にわからない言葉に気付いた自分は、大層立派なものだと無邪気にも思い込んだのだ。


「この子、死ねって言われてる。沢山、言われてる」


 ルドヴィカの考えた、幼い未来予想図はあっさりと覆る。

 両親も子供の父親も激怒した。そりゃあ怒り狂い頭を抑えつけられ、謝れと怒鳴られた。しかしルドヴィカは怯まなかった。

 子供の頃からむきになって大人に楯突くような可愛くない子供だったと同時に、頭のどこかで自分が口にした事実がどれほどに重大な理解していたのかもしれない。

 弱い息を漏らす子供をルドヴィカは目が零れそうな程に、じっくりと見つめた。


「辛うじて読み取る言葉から想像出来た呪文を、口にしてみたんです。何でそうしなくちゃいけないかと思ったのか……ララから聞かされていた呪文と似てるって、気が付いていたのかも」

 

 直ぐには呪いは解けなかったのは、文言が、言葉の意味が、子供の正確な名前が間違っていたからだ。ひとつずつ修正し、何を馬鹿な事をと親にも激しく叱責されながらも、ルドヴィカは呪法師が創り上げただろう呪いの言葉を構築し、思考し文言をこねくり回しながら”正しい“呪いの言葉を探し続けた。

 子供の命が助かったのは五日後の事だった。気持ち悪いと、止めろと怒鳴り付ける人間全てがルドヴィカが子供を助けたと気が付かなかった。

「でも、そんな事が何度もあったんです。そのうち、解呪が出来る事が出来るとわかってきました」

『何度も?そんなに呪いは町に横行してるのか?』


 その言葉にルドヴィカは少し笑ってしまった。カレルには悪いが、明確な嘲笑がこもっていたと思う。

 確かに国や莫大な金が動くような世界は、ルドヴィカの周囲にはない。王家や貴族様みたいに笑顔の仮面の下に謀略を潜めるような知能があるものも、殆どいないと言って良い。



「人間なんてそんなもんですよ。自分の為なら、なんだって使います。他人を蹴落とすのに躊躇いなんかない」

 下町の人間なんて彼が想像するよりも衝動的で、粗暴だ。

 

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