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「カレル様はわたしが呪われてるの、知ってたんですよね?」
彼は初めて会話した時にルドヴィカの事を『呪われ子』と呼んだ。ルドヴィカの事情を知らねば、出て来ない言葉だ。
『ああ。エスキルが話していたのを聞いた事がある』
「あ、そうなんですか?」
いかん。少し浮かれてしまった。
あんなに腹が立っていた筈なのに、未だにエスキルへの好意が自分の中に残っていたのに動揺する。水晶玉の上に手のひらを載せていたのでカレルにはルドヴィカの反応はバレていない筈だ。必死に自分に言い聞かせる。
「わたしに呪いをかけたのがララ、祖母なんですよ。これなんですけどね」
顔の横。右側の不自然に短い髪を示す。そっと指をどけた水晶玉はどうやってルドヴィカの姿を視界に収めているのだろう。どう見えているのだろう。
「まあ、皆噂しますよ。最初は若い娘が髪を整えないなんてみっともないって。呪われた事を知ったら、今度は呪われた女とか気持ちが悪いぞですよ。誰にどんな理由で呪われてるとか関係ないみたいで」
仲の良い近所の人間や昔馴染みは、それでもある程度はルドヴィカの事情を考慮して同情もしてくれるが、ルドヴィカの事情を開示するのは同時に祖母の悲惨な生い立ちを話す事になる。
「皆、ララがかわいそうかわいそうってそっちに気持ちが向くみたいなんですよね。わたしの事なんか二の次ですよ。学校行って勉強させて貰えるだけあんたは恵まれてる、我慢しなさいって」
頭では大人達の言わんとするところは理解出来る。いやそれは口先だけで、本当は全くないわかっていないから、ララを疎ましく思うのかもしれない。
ララがかわいそうだから何だ、今の自分はかわいそうじゃないのか。ララの為に、自分は不必要に蔑ろにされる人生を受け入れろと言うのか。
「先に嫌がらせしてきたのは、あいつの方です。なのに事情を知った途端、皆はわたしがララの気持ちをわかってやらないのが悪い、と言うんですよね。そうそう、大学の面接でこの髪の事を指摘された時、あいつなんて言ったと思います?」
『わからない……何と言われた?』
「欲をかいて大学なんて行こうとするからいけないのよ。そう言って笑い転げたんですよ、あいつ。わたしが大学に行くのはあいつにとっちゃ死罪に値する重罪なんでしょうね」
まともに学業に励む事も出来ず、故郷を追われた自分の存在を知っていて、一丁前に大学に通おうとするのが間違いだと言いたいらしい。
身の程を知って大学を諦め、適当な店や工場で下働きをして、そこで出会ったうだつの上がらない男のもとに嫁ぐ。そんな、ララと同じようなありふれた人生をルドヴィカが送れば、あいつは呪うのをやめてくれたかもしれない。
しかしそんな将来は自分は真っ平ごめんだ。
「わたしには呪いを解く能力しかありません。呪いをかける力もなければ、魔術だって使えない。こんなもので、わたしに将来何が出来るのかはまだわからない」
それでも諦めたくなかった。諦めたら、それこそララと同じ未来が待ってるだけだ。
彼女みたいに家族からも非難され、頼る者がいないなんて事はないだけ確かにルドヴィカは恵まれているのだろうが、自分の能力を黙殺されても大人しく未来を閉ざされるのだけは嫌だった。
喋るだけ喋ったらすっきりした。これまで幾ら鬱憤や怒りを訴えても、家族にすらララがかわいそうだからと我慢を強いられてきた鬱屈がやっと解放された気がする。
とはいえ、カレルには関係のない事であろう。殆ど愚痴のような自分の事情を聞かされた彼はいい迷惑だと思う。
「カレル様にはどうでも良いし、関係ない話ですよね。すみません」
謝るルドヴィカに、しかしカレルは全く脈絡のない事を言い出した。
『きみは自分の呪いを解かないのか』
「へ?」
『実はきみの話を聞いた時から気になっていたんだ。きみの祖母が呪いをかけてくると言うが、きみには解呪の力があるのだろう?解いたら良いだけじゃないか?』
ああそうか。ルドヴィカの身元や事情を知った人々は皆同情、もしくは呪われた事実だけを見て笑うのかどちらかだったが、カレルはルドヴィカが解呪の力を使わない事が単純に不思議だったのかと納得した。