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呪いと結婚  作者: 遠禾
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8

「あ、そうだ。さっきはおかしなものを見せてしまってすみませんでした」

『おかしなものとは?』

 先程の今で記憶を失っているのか、それとも身内の揉め事をルドヴィカが恥じているのを気遣ってくれているのか。

 そのどちらにしても、それならとなかった事にするには抵抗があった。

「うちの家族のいざこざですよ。わたしが家に招いたばかりに、こんなもの見せる羽目になってしまって……情けないったらない」

『何だ、そんな事か』

「そんな事ってなんですか」

 むっとして問い返すが、カレルは飄々とした口調で答えた。

『お家の騒動やごたごたなど、どこにだってある。きみの家だけなんて大袈裟に気に病む事はないし、そんなに嫌ならば家を出るがいい』

「いや、そんな簡単にはいきませんよ」

 全く簡単に言ってくれる。少しばかり苛立たしくなり反射的に言い返した。しかし直ぐに考え直す。


「……そう。それなんです。家を出る為、出世する為にわたしは大学に行きたいんです」

 彼に語っても致し方ない。わかってはいるが、ルドヴィカの口は勝手に動き出している。

「わたしの家は、常にあの女を第一に動いてきた。親が学校にやってくれた事に感謝はしてるけど、それ以上にあいつが傍にいるのがずっと鬱陶しかったんです」

『あの老女は、きみにとっては有害な存在なのだな』

「はい」

 カレルには無縁の話だ。たかだか領民の、貴族でもない家の揉め事なんぞ聞かされても煩わしいだけだろう。

 それなのに話してしまうのは、カレルでなくても良い。誰かに聞いて欲しい……あわよくば同情して欲しかったのかもしれない。

「さっきはありがとうございます」

『さっき?僕は何にもしていないぞ』

「ララの事を批判してくれたじゃないですか。不愉快な老女だって」

『ああ。あの程度の事恩義に感じるものでもあるまい。僕が不快に感じたのを口にしただけだ』

「口、ありませんけどね」


 返事はなかったが、なんとなく不機嫌そうな気配を感じてルドヴィカは慌てた。

「あ、すみません!そんな、嫌味のつもりじゃなかったんですよ本当です」

『良いさ。確かに今の僕は何の変哲もない水晶玉だ』

 いや、何の変哲もない水晶玉というのもおかしいだろう。中身が貴族の水晶玉がそうそういて堪るか。


 要らん言葉が口をついて出かけたのを、ぎりぎりで堪えて話を続けた。

「ララ。あの老女はわたしの祖母なのは間違いないんですけど、元々はこのヴェルン領どころかルーフスの生まれでもない。もっと遠くの人間なんです」

『へえ。どこから来たんだ?』

「山を超えた向こうの国です」


 ルーフスは地図によると、大陸の中央からやや東にのびた地にあり、北と国より更に東が山に囲まれた土地だ。

 土地そのものは温暖な気候かつ、肥沃な地は昔は他国から格好の的となり諍いが起こる事も多かったと聞く。山の向こう側には小国が幾つかあり、そのうちのひとつがララの出身地であった。

 その辺り一帯はルーフスを含めた山のこちら側と比較すると、土地の質も恵まれておらず、それに従って文明も遅れているそうだ。それがどの程度なのかはルドヴィカは詳しく知らないが、大学で学んだ範囲では法術が伝わったのも最近の話らしい。


 

「何でも、二度と戻る事ないようにと傭兵に金を渡した上でこちらに追いやられたとか」

 山を超え、他国に無理矢理追い立てられるようにして故郷を追われたララは当時二十歳にもならないうら若き乙女だった、と彼女は何故かルドヴィカの前でさめざめと泣いて見せた事があった。

『きみの祖母はそのような目にあった理由はあったのか?故郷で大罪を犯しただとか』

「五十年くらい?もっと前だったかな……だから、その時あの国では罪だったという事なんだと思います」


 あなたはおかしいの、とララは語った。わたしは駄目だったのに、あなたが当たり前のように恵まれた環境にいられるの。そんなのおかしいと繰り返した。

「呪法のね、才能があったらしいんですよ。貴族様も刃が立たないくらいの」

 水晶玉をテーブルの上に置いた。その上に手を載せる。なんとなく、自分の顔を見られたくなかった。



 今よりずっと昔、ルドヴィカやカレルが生まれるよりも遥か過去の事だ。

 ララが生まれた国はルーフスから山を超えた向こう側にあり、法術が伝わったのもルーフスよりも何十年も遅かった。それ故か他国よりも法術を奇跡と崇める傾向が強く、才能あるものは特別な存在だという観念が強かった。

 そういった富裕層のみに存在する優生思想はルーフスやその他の国にもあったが、この国は更に顕著だった。

「平民、それも未熟な女が貴族や金持ちにも持てない、呪法の力があるのを認められなかったんだそうです」

  

 ララは一族もろとも強い迫害を受けた。勿論学校に通い、呪法師となって働くなんて未来像を抱く事は決して許されなかった。彼女の未来は生まれた時から閉ざされていた。

 かくしてララは家族にも存在を疎まれて、国を追い出された。命からがらルーフスまでやってきたかと思えば、傭兵には有り金全て巻き上げられて捨て置かれたという。悲惨な身の上に同情してくれた夫が、今は亡きルドヴィカの祖父だ。

「かわいそうな奴には間違いないんです。だけどわたしはどうしてもあいつに同情出来ない」


 ルドヴィカの才能が特筆する程のものではなく、専門の大学まで進まなければ、またはルドヴィカが男児だったらララの態度もまだ違ったかもしれない。平民でも、男性の方が権力を持つ事に対して鷹揚なのはルーフスだって同じなのだから。


 ララにとっては才能を押さない頃から認められて大学にまで通う許可を得られたルドヴィカが若い女である事実が、絶対に認められないでいる。

 自分は許されなかったのに。それがララの心の底に常に横たわっている怨念であり、呪いなのだ。


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