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呪いと結婚  作者: 遠禾
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7

 怨嗟の叫びは続いていたが、こちらは言いたい事は言い切った。

 もうまともに会話をする気も、必要も感じない。ルドヴィカは無言で部屋に向かった。


 宥める父親の声や、まだ何かを言い募る母親の声もララの絶叫とまとめて背後に聞き流しながら階段を駆け上がる。手早く自室の扉を開き、直ぐに閉めてから階下の様子を窺う為にドアに顔を寄せ、耳を澄ます。

「……暫くはあがって来なさそうだな」

 まだまだ口論は続きそうな気配がした。この分だと夜更けまで続くかもしれない。これでは明日出会ったご近所さんに何を言われるかと考えて陰鬱にもなるが、まあ良い。今のうちだ。

 念の為自室の鍵をかける。ルドヴィカがいない間に、ララに法術関連の勉強道具や資料に悪戯されては敵わないと、自室には鍵を取り付けてもらっていた。

 

 とりあえず一息付きたいところではあるが、そのような悠長な事を言ってもいられない。ルドヴィカは手早くランタンに火を灯す。

 魔術の使い手とは違い、一般人にとっては暖炉やランプの炎を人力で起こす必要があるのには変わらない。魔術の発展に伴い文明は昔と比べるとかなり発展したというが、祖父母の若かりし頃と比較しても、一般庶民の生活は大して変わってはいないと思う。


 あまり大きくもない室内をぼんやり照らす光の中、見渡す場所には勉強道具や高価な資料が乱雑に棚や机に積まれている。衣服類は棚に畳んで積んでいるが贔屓目に見えてきれいではない。

「きったな」

 自室を見渡して、ルドヴィカは我が事ながらあまりの見苦しい光景に思わず吐き捨てる。塵や虫が湧くような汚さではないが、自室はどこを見てもどこまでも散らかっている。勉学に必死でそれどころではなかった、などと言い訳しても同情の余地がないのは明らかだ。

 それでも漸くひと心地つけた気がする。階下に聞こえないように、ルドヴィカは抑えた声で頭上に向かい話しかけた。

「カレル様、わたしの頭からおりていただいても大丈夫ですか?」

『わかった』

 声をかけたと同時に、頭上から飛び跳ねたかと思うと、水晶玉は窓際にころんと着地する。やはり傷一つない。

「少し待っていてくださいね」

 そう告げて、部屋にあった、書類や資料を纏めていた麻袋から中身を取り出し、水晶玉を中に入れると口を結んだ。

 途端何をするんだとばかり水晶玉がぼこぼこと麻袋の中を動き回る。しかし、一度頭上から降りた所為か何か言葉を発しているのか、ルドヴィカにはさっぱりだ。

「すいません、もう少し待ってて!」

 声をかけたところ、ぴたりと水晶玉の動きが止まった。触れていないと会話が成り立たないのは不便であるが、こちらの言葉は聞こえているらしいのは幸いである。


 見えてはいないと思うが念の為にと、水晶玉を通学に使用している鞄の中に入れて、ドレスを脱ぐ事にする。

 水晶玉の何処に目が付いているのか疑問だが、彼の言動から周りが見えているのはわかっている。男性の前で着替えるのを躊躇う程度の恥じらいは、ルドヴィカにだってある。

「動かないでくださいね……お願いしますね」

 そろそろと鞄から手を離し、低い声で水晶玉に告げる。

 ちなみにこれはルドヴィカの為ではない、カレルの為だ。庶民の貧相な小娘の肉体など、貴族様に見せるなんて無礼にも程がある。多少荒っぽい行動だったかもしれないが容赦願いたいものだ。


 普段着に無事着替え終わり、姿見を見つめながら髪の毛も整えたルドヴィカは、鞄から麻袋を取り出した。麻袋の口を広げて机の上に載せる。

「先程は失礼を致しました。このとおり身嗜みを整える時間をいただきたかったのですが、手荒な真似をしてすみません」

 ぺこり、と頭を下げつつ水晶玉を手のひらに載せる。少しばかり拗ねたような声がした。

『それなら先に言ってくれ。袋に入れられた時、この儘窓から投げ捨てられるのかと思ったじゃないか』

 確かに部屋は汚いし、若い娘にしては粗雑な性格かもしれないが、仮にも公子様にそんな真似して平然としていられる程無作法者のつもりはない。

「そんな事する訳ないです」

 むっとして条件反射で口答えしたが、水晶玉はころんころんとルドヴィカの手のひらの上で謎の運動を続けながら、尚も言い募る。

『そんなのわからないだろう。血の繋がった人間だって、自分にとって損失を与えるとわかると躊躇いなく命を奪う。そんなものだ。今日会ったばかりのきみを、無条件に信じる事は出来ない』

「それは、そうかもしれませんが」

 そちらから頼ってきた癖に偉い言われようである。何か言い返してやろうかとも思ったが、彼の言葉のうちに引っかかるものを覚えて口を噤んだ。



 血の繋がった人間を信用出来ない。その言葉はルドヴィカにも共感できるものは確かにある。

 ルドヴィカ自身、両親のガートルードに対する行動を見ていなければ、娘より母親を優先するテオの行動を見ても安易に許す事は出来なかっただろう。それと同時に、リアノルの言葉も上辺を繕っているようにしか感じられなかったかもしれない。

 家族だろうが長年共に生活してきた仲間であろうが、そこに積み重ねた信頼がなければ何もかもを受け入れたり出来ない。

「カレル様の仰る事はご尤もでした。以後気を付けます」

『そうしてくれると助かる』

 顔も、身体を使った意思疎通と出来ないがこの時の水晶玉はふんぞり返ってるように見えた。


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