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呪いと結婚  作者: 遠禾
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6


 妙にせいせいした気持ちがあった。

 それはカレルのおかげかもしれない。カレルがルドヴィカにとって、そうと知らずともこれまで言いたくとも口を噤まずにはいられなかった本音を、ルドヴィカの代わりに口にしてくれたからじゃないか。そんな気がした。


 だけどそれだけではないという事もわかっている。

 


「あんたの事嫌いだけどさ、今日呪いをかけた事は感謝してるよ。ありがとう」

 罵倒と一緒に感謝を口にされて、ララは戸惑ったように顔をあげてルドヴィカをまじまじと見つめてくる。

 その顔は確かに老女のものなのに奇妙にも、同時にあどけないものを伝えてくる。この女はわざとではなく、本心からこのような振る舞いをしているのかもしれない、と初めてそこに思い至る。ルドヴィカの事も、単に気に入らないだけではなく対等だと思い込み、それゆえに嫉妬が隠せずにいるのではないか、と。

 

「呪われてるからって婚約断られた訳じゃない。父さん達からなんて聞いてるか知らないけどね。ただ呪われてるのを馬鹿にされただけ」

 頭上の水晶玉は公爵家がルドヴィカに結婚を申し込んできた事も、相手がカレルになっていた事も知らないのか、何度か事情を尋ねるような声がしたが、申し訳ないと思いつつ黙殺する。


 彼も公爵家の人間だ。事情を知ればきっと彼の兄や母親の言葉に同意するだろう。それは裕福な身分の人間には当然の価値観かもしれないのだから、文句を言えたものではない。だけど直接彼からその言葉は聞きたくない。勝手ながら、今は彼が自分の味方だと思っていたかった。

「あんたが呪いをかけてくれたおかげで、あの人達がわたしを見下してるのが良くわかった」

 辛かった。悔しかった。

「でもそれだけじゃない。公爵夫人に馬鹿にされてた時に父さんも母さんもわたしを守ってくれた。あんたの呪いがなかったら、親の気持ちがわからなかった」

 ララの顔色から、血の気が引いたように見えた。


「あんたの呪いのおかげだよ。わたしは、この婚約成立しなくて良かったって今は心から思ってる」

「あなた、それ負け惜しみじゃないの……」

 負け惜しみ、という言葉を発するララに、わざとらしさやこちらの神経を逆撫でするような余裕は感じられない。恐らくルドヴィカの言葉の何かが、彼女の逆鱗に触れた故に普段の可憐な乙女ぶった態度を取り繕えなくなってきたのだ。

 そう思うと少し憐れにも思えたが、積年の恨みがそれで相殺される訳もない。

「そう思うならさっきみたいに笑っておきなよ、わたしの事。かわいそうかわいそうって。止めないから」

「ルシカ、ちょっと言い過ぎだ!」

 テオがララとルドヴィカの間に入ってくる。そんなテオに、リアノルが眉を吊り上げて声を張り上げた。

「あなた、まだそんな事言ってるの!?」

「流石に……でも、今のは酷いだろ?」

「だから! 今までのこの人の行動の方が酷いんだから、言い返されても仕方ないんじゃないのっ」


 再び両親の口論が始まりそうだったのを制して、ルドヴィカは言った。


「良いよ別に。もう良い。さっきも言ったけどさ、わたし父さんがわたしの事そんな大切じゃないんだろうなって思ってた。でもそうじゃないって今日思った。だから良いよ」

 普段なら照れ臭くて言えたものではない言葉がすっと口をついた。そしてそれは紛れもない本心だと思う。

 明日になればこの気持ちも薄れていくのかもしれない。今だけの感情かもしれないが、はっきりと言っておきたかった。



「父さんも母さんも、今日はありがとう。嬉しかった」

「なんで……?」


 悲しげ、というよりも堪えきれない怒りを湛えた声の方向を見ると、ララが拳を握ってルドヴィカを睨んでいた。

「あなたって、いっつもそう……っ! わたしのものを、わたしが欲しかったものを当たり前みたいに持って、ずるい……っずるいずるい!!」

 幼子が癇癪を起こしたような絶叫に、思わず身を引く。こんなララの姿は初めて見た。

 この女は常にルドヴィカを見下して小馬鹿にして、ルドヴィカが少しでも自分の所為で悔しがれば満足して笑うような女だった。怒りや感情を剥き出しにして、はっきりとルドヴィカに対する嫉妬をぶつけてきたのは思えば初めてのような気がした。

 ぎり、と歯ぎしりする音が聞こえてきそうな程に歯を噛みしめると、ララは叫ぶ。

「絶対、絶対に許さないからっ……! あなたなんかが、あなたみたいなのが呪法師になれたり公爵夫人に収まって良い筈ないもの!!」


 テオが母さん、と気遣うように寄り添うのをリアノルが物言いたげに見つめている。

 ルドヴィカは妙に冷静だった。言いたい事を全て吐き出した割には、長年自分を苦しめてきた女をやり込めたにも関わらず達成感も何もなかった。


「最初からそう言いなよ」


 ただ呆れて、そう呟くのが精一杯だった。公爵家の妻だの呪法師だの、彼女の僻みからくる誤解を解く気にもならない。

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