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呪いと結婚  作者: 遠禾
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5

 今度は母親と父親の諍いが始まったようだ。というよりも話の通じない祖母の相手をするのにうんざりしているのかもしれない。母の剣幕に気圧されながら、それでも父は弱々しく弁明を試みている。

「わかる、お前の言っている事はよく分かるよ。だけどさ、お前も知ってるだろ。母さんが故郷でどんな仕打ちを受けてきたか」

「だからってルシカが酷い目にあわされても我慢しろ、はおかしいでしょ。ううん、散々この子は我慢してきたの! これ以上何を我慢しろっていうの!」

「いやでも、学校には通えているじゃないか。それだけで」

 こちらも、話が全く進みそうにない。

 このいがみ合いの原因である自分が仲裁に入るのもおかしい気がして暫く両親のやり取りを傍観していると、ルドヴィカはドレスの裾を引かれているのに気付いた。

 振り向くと、薄気味悪い笑みを浮かべる女がルドヴィカを見上げている。

「……何よ」

「そんなに悲しかった?」

 声に舞い上がる心持ちを隠しきれてないのが、また気分の悪い。

 リアノルの気が自分から逸れたのを良い事に、ララはルドヴィカを本格的にいじめる事にしたらしい。嬉々として喋り始める。

「ほら、ルドヴィカが我儘言うからよ。庶民の癖に、女の癖に必要もない大学なんか行くからだわ。みっともないね、はしたないよ。あなたみたいな子が娘で、本当にあなたの両親がかわいそう」  


 よくもまあ他人事のように、と思うが最早まともに取り合って怒る気にもなれない。


 ルドヴィカの人生の要所要所で呪いをかけるのを始めとして、邪魔をする度にこの女はこうやってルドヴィカを挑発し、嘲笑ってきた。

 その度にルドヴィカは今の母親のように怒り、時には泣きながら自分の人生を邪魔するなと怒鳴りつけてきたが、それも無駄な足掻きでしかなかった。当たり前だ、ルドヴィカが挫折し、悔しがる事こそがこの女の目的なのだ。ルドヴィカが怒り、悲しめばそれだけララは嬉しそうに笑うのだ。

 

 悔しがり、怒りを露わにするルドヴィカに対し両親ともおばあちゃんはかわいそうだから、と決まり文句のような言葉でルドヴィカを黙らせようとしてきた。ここ数年はルドヴィカ自身も怒りを露わにすればする程この女を喜ばせるだけだと自覚し、また親も頼る事は出来ぬと感情を排した顔を意図して作るようになっていた。



 でも今は常と状況が違っていた。

 その違いは些細なものだった。ルドヴィカしか存在を視認していない、公爵家の者だと名乗る水晶玉の存在だ。

 頭上にいた水晶玉が不快さな感情を隠しもしないで呟いた。


『何だこの鬱陶しいくて見ていられないような、不愉快な老女は』


 彼はルドヴィカの返事がないとわかっていて、それでも言わずにはいられなかったらしい。誰にも聞こえなくても構わない、本音が転がり落ちた。そんな風に聞こえた。

 だがそれがルドヴィカにとって、これまで口にする機会を奪われてきた本音を発露するこれ以上ないタイミングだった。


 大きく頷くと、ルドヴィカはカレルの言葉に同意した。はっきりと、声に出して。

「全くです。こんなに不愉快な人間をわたしは他に知りません」

「え……?」

 ララには、ルドヴィカが突然見えぬ誰かと会話を始めたように見えたかもしれない。しかし馬鹿馬鹿しすぎて、ルドヴィカは取り繕う気にもなれずに続ける。

「見苦しいとわたしも思いますし、こんなのが身内では恥ずかしくて仕方ない。自分の半分の時間も生きてないような小娘を、むきになって不幸のどん底に陥れようと必死なんです。この女は」

『きみの血縁者なのか。それなら心から同情する』

「ありがとうございます」

「何……? 何を言ってるの?」

「かわいそうなのはあなたでしょ、と言ってるの」


 ルドヴィカの境遇を母方の両親も、近場で暮らし懇意にしている人間も知っている。彼等も同情はしてくれるものの、同じようにララにも同情的で完全にルドヴィカの味方にはなってくれない。

 その中で初めて出会った。ルドヴィカにかけられた呪いも、ララとの関係も知らないとはいえはっきりと口にしてルドヴィカを庇い、ララに批判的な人間を。


「かわいそう?わたしがかわいそうだって言うの?」

 小さく震え、傷付いたような素振りを見せるこの女が自覚しているのか、無意識なのかは知らない。そしてどうでも良い。

「そう。ララ、あんたわたしが不幸になって嬉しいんだろうけど、どんだけわたしを不幸にしても何も変わらないよ」

「ルシカ? ちょっと言い過ぎじゃないか。それに、おばあちゃんを呼び捨てにするもんじゃない」

 母親との口論に必死だったんじゃないのか、と急に口を挟んできた父親を一瞥すると、彼は怯んだように一歩下がり、口を噤んだ。


 一瞬勝ち誇ったように笑みを浮かべたララに、深い深いため息を吐いた。テオが、息子が自身の娘よりも母親を庇ったのがそんなに嬉しいか。

 再びルドヴィカは口を開いた。これまでためてためて、諦めようと自身の中に捻じ伏せてきた鬱屈を、もう吐き出しても良い気がした。


「わたし、この人をおばあちゃんなんて思わないよ。アイラばあちゃんと一緒になんかしたくない。そんなの、アイラばあちゃんに失礼でしょ」

 はっきりと言い切る。そんな事言われなくてもわかるだろうに、演技がかった仕草で顔を覆うララを見下ろす。


 確かにこの女はかわいそうだ。だからといって、ルドヴィカがよりかわいそうな身分を感受しなければならない理由なんてないのだ。

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