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呪いと結婚  作者: 遠禾
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4

 女は端的に言えばとても醜い老女である。醜いというのはルドヴィカの主観であって、一般人の感想は知らない。


 年なんて気にした事もなければ関心も一切ない。それゆえにこの女の正しい年齢をルドヴィカは知らない。女自身から聞かされた事があるようにも思うが、やはり関心の低さから覚えてもいない。しかし母方の祖母よりも歳を重ねているのは見た目から間違いないとルドヴィカは感じていた。

 扱うのも邪魔な程にのばした長い髪の毛は、ルドヴィカと同じ茶色だ。瞳の色は父には引き継がれなかったのか、透き通った海よりも薄い淡い青。歳を重ねている事もあるだろうが、小柄で細く、弱々しい見た目の老女である。


 女はルドヴィカの顔をまじまじと見つめると、笑みを深めた。とても嬉しそうに。

「あらあら、お帰りなさい。ねえねえルドヴィカ、かわいそうねえ。かわいそうに」

「……何が?」

 この女の話し方は何時もこうだ。演技かかっていて、その上少女のような言葉遣いをする。

 うんざりしきったルドヴィカの返事をどう受け取ったのか、女の声が大きくなる。勝ち誇ったかのような、こちらを見下したものだとはっきりとわかる。

「だって公子様に振られちゃったんでしょう?当たり前だよねえ……でもルドヴィカはお姫様みたいになれるって信じてたのよね?がっかりだよね、かわいそう」

 わかっていたが、公爵家との顔合わせに合わせて呪いをかけたのだ。ここ最近は大人しいと思っていたのもこちらが安心するのを狙い、結果より一層の怒りを誘う為だったのだろう。

 いっそ呆れた。

「わざとだったんだ」

 ルドヴィカの言葉に、女は高らかに声をあげて笑った。


 女、ララ・バレンシスはルドヴィカに呪いをかけた張本人だ。


 ルドヴィカに解呪の才能があるとわかったその日から、この女はルドヴィカに呪いをかけ続けている。特にルドヴィカの人生を左右するだろう大事な局面には、こうやって必ず呪いをかけては周囲からうら若き乙女がなんとみっともないと髪をしていると嘲笑される事で怒り、悲しむルドヴィカの姿を見ては嬉しそうにこの女は笑っている。

 物心付いた頃からこの女はこうだった。祖母とはいえども、アイラのような優しさも労り、慈愛もないこの女がルドヴィカに向ける感情は常にひとつのものだった。


 この女が朝に顔を見せなかった理由も、ルドヴィカはなんとなくわかっている。

 ちゃんとルドヴィカが公爵家から門前払いを受けたところを見て、指差して笑いたかったのだろう。自分のかけた呪いがルドヴィカを絶望に叩き落とすのを見届けるまでわくわくして待っていた。意地の悪い事だ。


 ルドヴィカの傍に歩み寄ると、ララは歌うように嘲る言葉を弾き出す。

「かわいそうかわいそう。なんてかわいそうな子なのかしら」

「いい加減にしなさい!!」

 リアノルがララに向かって怒鳴りつけた。母親の剣幕と、今にも掴みかかりそうな勢いを見て、漸くルドヴィカは祖父母の元へ行くように指図された理由を悟る。こうなるとわかっていたから、母はルドヴィカに今のような家族のいざこざを見せたくなかったのではないか。


 リアノルとしては、ルドヴィカが帰宅するまでに事を収めたかったに違いない。しかしララがいつにもましてあくびれず、堂々巡りでこんな時間まで揉めていたのだ。

 そして母親の誤算としてはもうひとつ。

「あなたも! この人を諌めなさい! ルシカがどんな思いをしたかわかってるんでしょ!? だから、今日ガートルード様のお申し出を辞退したんでしょ?こんな事になっても、娘に対する嫌がらせを止めない母親に、どうして文句の一つも言えないの!!」

 ああやっぱりな、とルドヴィカは胸中で嘆息した。


 ララによるルドヴィカへの嫌がらせは幼い頃から続いている。呪いは勿論、傷付く言葉をぶつけられたり大事なものをめちゃくちゃにされたりはしょっちゅうだ。大学を志すようになってからは、勉強道具を執拗に狙うようにもなった。

「あなたがそんなだから、この人は性懲りもなく孫娘に自分の鬱屈ばかりぶつけるようになったの。わかっているでしょ?」

 全く以てそのとおりだがリアノル自身も、夫の母という立場の人間に強くものを言えないのか、ここまで激昂しながら抗議をした記憶はルドヴィカの知る限りはない。あまり人の事は言えないと思う。

 そのリアノルが今回に限って、抑えきれない怒りを爆発させたのは、結婚というルドヴィカの人生の最も大きい岐路を邪魔されたのが理性を振り切ったのかもしれない。事実ルドヴィカもリアノルがこんなに怒っていたとは思わなかった。


 今まで見ないふりしていた癖に、とは思わないでもないが彼女の憤懣やる方ない様子にルドヴィカは少し動揺した。

 安堵、と言い換えても良いかもしれない。あまり見覚えのない感情だ。


『何だ。この老女は何者だ? 彼等は何者で、何が原因の諍いなんだ』

 混乱しているらしい水晶玉が何やら言っているが、ルドヴィカは目の前の状況に驚くあまり、耳に入って来ていない。

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