呪いの言葉こそが呪い 1
元から太陽の光を遮る程大きく成長した木々が葉を広げる林の中では、外の明かりもいまいち判断が付かないがかなりの時間が経過しているであろう事は判断が付いた。
「今何時なんだろう」
思わず漏らした殆ど一人言に、手の中の物体が律儀に返事をしてくれる。
『わからない』
そりゃそうだろう。水晶玉が時間を判別出来る筈がない。そしてルドヴィカも父親が時計職人をしているが、親の仕事を見ているとあんな高価なものを持って歩くのは恐ろしいと感じていた。その為、時計を持ってはいない。
手にした水晶玉に問いかけてみる。そろそろ自宅に戻らないと、両親も心配するだろう。この水晶玉をどうするべきかも考えねばならない。
「カレル様、ご自宅にお戻りになりますか?」
現在こんな姿だとはいえ、公爵家のご子息が行方不明だなんて大事になるに決まっている。
しかし水晶玉は首を振るようにルドヴィカの手の上でくるくると回転すると、言葉を発した。
『いや。元の姿に戻る事が出来るまで、外にいるつもりだ』
「それ騒ぎになりませんか?皆様心配されるのでは」
この場合水晶玉をどこに匿うか、という話になると思いルドヴィカは問うた。
曲がりなりにも公爵家の一員であるカレルを、水晶玉の姿をしているからってその辺に放り出せる訳はない。しかし、ルドヴィカが自宅に隠してばれたらとんでもない事になるのは、想像に難くない。
『大丈夫だ。僕の事は気にしないでくれ。適当にその辺で転がっておく。きみの手隙の時に機会を見てまた会いに来よう』
「いえ、気にします。あなたに何かあったら、わたしの責任にされるじゃないですか」
『誰もきみを責めたりしないだろう』
「いやしますよ」
間髪入れずに言い返した後に、そうかバレなきゃ良いのか、と思い直す。呪いを解いたタイミングでカレルに出会ったと言い訳をすれば、自分達の行動などお偉いさんには探りようはない筈だ。それどころか、無事人間の姿を取り戻したカレルに注目がいくだろう。
何より解呪をするには水晶玉本体についても調べる必要があった。それには出来る限り容易に調べられるように身近にいて貰う必要があった。
「それじゃあわたしの家に来てくれませんか?今くらいの大きさなら、多分家族にもバレないし」
ルドヴィカの提案に、水晶玉はほぼ即座にまたその場で回転した。
『そこまでして貰う訳にはいかない。未婚の女性の家に、家族にも無断で立ち入るなんて無作法は有り得ない事だ』
本当にこの水晶玉は頑固で真面目だ。貴族のプライドがあるのかもしれないが、それなら尚更その辺に転がってるから気にしなくて良いなどと言うのも、どうかと思う。
「何を言うんですか。カレル様だと知ってほっとく方が余程罪が重くなりますよ。一時的にわたしの家に避難、という形で良いじゃないですか」
『いやしかし』
「いいから行きましょうよ。風が冷たくなる頃合いだと思います。風邪ひくかも」
『……わかった』
渋々、という感情が目に見えるようだ。水晶玉はそれでも納得してくれたようなのでルドヴィカは立ち上がる。そして思い付いて尋ねてみる。
「もう少し小さくなっていただいても?」
『出来るが、何故だ』
「この状態で帰ったら、カレル様とはわからないでしょうけど、家族に何か隠してるとバレてしまいそうなので」
ただでさえドレスが汚れてしまい、親からのお叱りは避けられない状態なのだ。その上絶対に話せない隠し事があると勘付かれては敵わない。
『そうか。気付かなくてすまなかった』
水晶玉はみるみる小さくなった。先程は両手で包みこんで漸く隠せる、といったサイズだったのが今はルドヴィカのつま先程まで縮んでいる。
「……水晶って、大きくなったり小さくなったり出来ない筈ですよね?」
今更な疑問であるが、カレルである水晶玉は大きさは当然のように、重さも自由に変化している。その上高く跳ねてとびあがる。一体どういった技術なのか。カレルにかけられた呪いは水晶玉に見せかけているだけで実のところ水晶玉でもなんでもないのか。
「……今考えても仕方ないか」
ぼやいて水晶玉を持ち上げると、頭に乗せる。
『え、何だ。何をするんだ』
「先程もわたしの頭に乗ってましたし、落ちないようにしていただけますか?この儘こっそり家に帰られたら家族にバレないと思います」
ルドヴィカの頭上で跳ねたり転がっていたりしながらも、この姿のカレルは余裕そうに話していた。多分、髪の毛の中に潜り込ませたところで転がっていったりはしまい。
「落ちそうになったら、落ちてしまう前に話しかけてくださるか、巨大化してくださると嬉しいです」
『……わかった』
どことなく不満そうではあるが、カレルは了承したのでルドヴィカは家に向かう事にする。