#9「とある愛子の昔話」
むかーし、むかし、侯爵家の長男は、格下の貴族の令嬢に恋をしました。
そして子爵家の令嬢もまた、その青年に恋をしました。
身分差の大きい恋を反対していた周囲の人間も、やがて愛し合う二人の姿に祝福と賛同を示していきました。
「この世でただ一人、君だけを愛しています」
「私もあなたを……愛しています」
大恋愛の末に、二人は結ばれてました。
けれど──────、男の愛した妻は一人娘を産んでまもなく、この世を去ることになったのでした。
酷く悲しみ、傷付いた男に残された一人娘。その子の顔には紫色の瞳が埋まっていました。妖精の愛子の証であり、魔法が使えない能力者の証でもある双眸を持って産まれた一人娘を気にかけてあげるには、男はあまりにも憔悴しきっていました。
当主に見向きもされない赤子の立場は弱く、どのような能力なのかも分からない不安が人々の足を赤子から遠のかせていきました。
けれど───、不思議なことに赤子はすくすくと成長していきます。乳母が時折様子を見にいくと、赤子の世話は何故かいつも済んでいるのです。
その不気味さが、また人々を遠ざける要因となっていきました。
事実は彼女を愛する妖精たちが、力を合わせていただけなのですけれど。
やがて赤子は、奇妙にも幼女にまで成長していきます。誰もが忘れ去った屋敷の角部屋で、幼女は窓の外に見える人間と自分を世話してくれている人型の妖精との違いが分かるようになってきました。
人の姿をとった妖精たちは、屋敷の人間の中に違和感なく溶け込み、父親までもが記憶の彼方へ放ってしまった幼女を少女にまで育ててくれました。
少女の舌足らずが終わり、自分の意思で部屋を出たとき、屋敷の人間はようやく思い出し、そしてようやく理解したのです。
小さな小さな少女が、妖精の愛子であることを。
妖精から愛されすぎて、加護を貰いすぎて逆に魔法が使えない愛子たちは、魔法ではない特異な能力を持っているために能力者と忌避されていました。
しかし妖精には敬意をはらわなくてはなりません。この世界で魔法を使うためには、妖精の力を借りる必要があるからです。
例え、この世でただ一人の娘を愛してなどいなくても、妻の遺した子供が憎かろうと、不気味だろうとなんだろうと、妖精に愛されている娘を邪険に扱うことはできないのでしょう。
妖精の怒りをこれ以上買わないために、「すまなかった、愛している」と言って父は少女を抱き寄せました。
それは、少女が8歳のことでした。
それから父は『愛』している娘の為に環境を変えてくれました。心の奥底ではきみ悪がっている使用人たちを一新し、綺麗な服も、美味しい食べ物も、可愛いお人形も、楽しいお勉強も、何もかもを与えてくれました。
「ありがとうございます、お父様」
嬉しかった。やっと、少女も親の愛情というものを知ることができると思ったから。
でも悲しかった。
だってその『愛』は、偽物だから。
偽りだと知っていたから。
────どうしたら、私を愛してくれますか……?もっと頑張ったら私を見捨てずにいてくれますか?
分からなくて、怖くて。
妖精に父親の愛を求めるなんて馬鹿だと怒られようとも、少女は失いたくなかった。
偽物でもいい。
自分を見ていて欲しい。
見ていてくれるなら、忘れ去られやしないのなら、それで良かったのに。
いつからか、違っていた。
「私の宝だよ、お前は」
「はい、お父様」
毎朝仕事に出かける前に抱きしめられて、頭を優しく撫でられても、虚しいだけなの。
「ミリィーア様は羨ましいわ。欲しいものはなんでも買ってもらえて、愛されていて。わたしなんて、お父様が厳しくて……!この間も嫌いなお野菜を無理に食べさせられたのよ!」
「大変でしたね……」
「この間、お母様が子守唄を歌ってくれましたの。もう子供ではないと言っているのに……。羨ましいですわ、ミリィーア様は対等に接してもらえているみたいで」
「そんなことはありませんよ、お父様もいまだに毎朝抱きしめてくれますから」
「まぁ……!そうなんですの?!」
お茶会では同じ年頃の子供たちが、こぞって少女を羨望する。にこやかに微笑んでみせるけれど、優越感も何も感じなかった。
みんな知っているんじゃないから……?
どちらが本当に愛されているかなんて。
(むしろ、貴方たちの方が優越感に浸っているのではなくて……?)
少女の心は、いつの間にか真っ暗になっていた。
「これはお前を愛する父からの助言だが、もっと作法を身につけなさい。今日の夜会でお前の参加した茶会を主催していた伯爵夫人に笑われてしまったぞ」
「……申し訳ありません、お父様……」
「嗚呼、可愛い私の娘。もっと、頑張ればきっともっと愛らしい淑女に育つだろう。お前のお母様は淑女の鑑とまで呼ばれていた人なのだから。大丈夫だ、お父様がお前のために厳しい先生を雇ってあげよう」
「……嬉しいです、お父様……よろしくお願いします」
虚しい。
悲しい。
苦しい。
胸の穴は、どうして……どうしてこんなにも塞がってくれないの……?
──────これは、私。ミリィーア・ルナフィエの昔話。
こんな私だもの。
婚約破棄されても仕方ないわ……。




