第38話
移動魔法によりネルザなう!
「これって、直接城の中には行けない?」
「できないことはないが、細かい位置の調整が必要になってくるんじゃ。年に三人ほど、横着して壁にめり込む者がおるでな」
「マジかよ。やばいじゃん」
「安全に移動魔法が使えるよう、このように二重丸のマークが付けられておるよ」
じいちゃんは右足を左右に動かして、レンガ道に描かれた二重丸のマークを見せてくれた。他の都市でも見かけたけど、移動魔法の時の目印だったんだ。マンホールみたいなもんかと思ってたぜ。
「このマークの上にはモノを置いてはならぬし、清掃員が見回りをして定期的に清掃しなくてはならないんじゃが」
土がかかっていて半分しか見えていなかった。じいちゃんが足を左右に動かしていたのは、この土を払うため。つまり、見回りをする清掃員がいないってことだ。
「清掃員どころか、住人がいないぜ」
まさしくゴーストタウン。
テレスの街中でも見かけた市場のような場所、の跡地におれとじいちゃんは立っていた。看板の文字はかすれていて読めない。天気はいいのに、なんとなく薄暗くてどんよりとした雰囲気が漂っている。さっさと目的地まで行きたい。
「ネルザはあの古城が有名なんじゃ。ワシが在学中、パイモンを連れてスケッチしに来たものよ」
「その絵、どこで見られる?」
「屋敷に飾ってあったはずじゃから、姉さんたちに聞くしかないのう」
じいちゃんが指差した先には、シンデレラ城のような、円錐が乗っかった西洋風の城が見えた。あの城に、ミライがいる。たぶん。
「昔はもっと綺麗だったんじゃが……」
街中がこんなに荒れ放題だから、城の外壁の掃除はしてないんだろう。じいちゃんががっかりした顔を見ちゃうと、こっちまでつらくなってくるぜ。
「今でも十分美しい状態で御座いましょう」
「!?」
こんな人気のない場所で、背後から聞こえてきた妖艶な声。おれはトラキチを、じいちゃんは拳を握って臨戦態勢を取り、振り向く。
臨戦態勢は取ったけども、その姿を見て、やる気が失せた。知っている顔だったからじゃなくて、なんていうか、ゲームで言うならば『たたかう』のコマンドがかき消えた感じ。
「それとも、竜は瓦礫の山がお好みで御座いますか?」
緑色の丸っこいショートカット、黒縁メガネ、エンジ色のローブ。キラキラした宝石の付いたブーツを履いた女の人。とんがり耳だ。実物は初めて見た。
ファンタジー作品に登場するエルフみたいなその耳は、クライデ大陸の人間にはないもので、初代のミカドが滅ぼした都市国家の人たちの特徴らしい。
「メーデイア」
この人が、大魔法使いの……。
確か、ミライの味方だって話だから、おれの敵ってことだ。魔法で球を生成して、バットを振るのがおれの野球魔法。ギルド〝異世界じじまご〟として活動していく中で何度も使ってきたってのに、術式が脳内でぼやけている。どうやるんだったっけか。
「嬉しい。はるか昔に、一度御目通りいただいたのみで御座いましょう? アザゼル」
嬉しい、と言っているわりに表情が変わらない。クールな知的美人、って印象を受けるのは、メガネの影響かな。
小学校の頃に苦手だった先生に似ていてやな感じがする。その人には九九ができなくて居残りさせられたり、遅刻したら廊下に立たされたりしてた。顔はちっとも似てないけど、雰囲気がそっくりさん。
「今は竜帝の側近と聞いたが、何故ここに」
「お暇をいただいたので御座います」
「ふむ。これからワシはその竜帝を討ちに行くんじゃが」
じいちゃん!
敵に教えちゃっていいのかよ!?
「斯様な物騒な武器をお持ちですものね」
おれが背負っている竜絶剣をあごで指す。収納魔法が効かないし、鞘も布もないから剥き身な素っ裸状態で担いでるけども、持っているだけで「これからドラゴンを倒しに行きます」って宣言しているようなもんじゃん。だからじいちゃんも変に隠さなかったのか。
「可哀想な竜帝。せっかく帰還できましたのに、父親に利用され、僻地に追いやられて、お人形遊びに明け暮れて、挙げ句の果てに殺められるのね」
「おぬしも加担しておるじゃろう?」
「さあ、どうかしら?」
そうだよ。この人が忘却魔法を使った、ってじいちゃんが言ってた。しらばくれている。ここはおれが!
「レマクルの人たちの記憶を消したのは、お前だろう!」
「レマクル? あの汚らしい鉄工所の?」
汚らしい……! みんなの暮らしのために、汗水流して働いている人たちに対してなんて言い方を!
「完全犯罪にはならないぜ!」
「ふぅん?」
「大魔法使いなお前は魔法でなんでもできると思っているのかもしれないが、魔法が効かない人間だっているんだぜってことだ! 証拠は消えてない!」
どうだ。言ってやったぜ。
「ああ……継承者ね。盲点だったわ。ありがとう御座います」
なんだか感謝されたぜ。おれは感謝されるようなことしてないのに。
「……よもや、時間稼ぎではあるまいな?」
じいちゃんがはたと気付いてから、嫌味ったらしく言い放った。めずらしい。
いや、時間稼ぎって、……あっ、そっか、メーデイアがここでおれとじいちゃんの足止めをしてるってことか。こいつ! まんまと罠にはまっちまった!
「わたくしといたしましては、みじめであわれで滑稽な竜帝の最期の姿を拝めず、至極残念で御座いますが。これもまた運命で御座います」
竜帝に対して辛辣なんだよなさっきから。雇い主として不満があったのかな。おれは辞める前の職場に不満はなかったよ。みんなと仲良くやってたから、引き留められたぐらいだし。賃金未払いとか、パワハラとか?
「竜帝は、玉座で貴方たちをお待ちしております。わたくしは、ここで。レマクルにも行こうかしら」
言いたいことは全部言い終えたような、満足げな表情で、メーデイアは消えた。移動魔法だと思う。こっちは言いたいことだらけだよ。
もしこのおしゃべりが時間稼ぎだったとしたら、ミライの現在地は教えないよな。
ひょっとして、ウソを教えられている?
これも罠?