第29話
日本人ならコメだよな!
ってなわけで、ばあちゃんとの料理対決を明日に控えたおれとじいちゃんはクライデ大陸の西の都市、ショウザンを訪れている。ショウザンはセロシアとヤシャ――パイモンさんがミカドの命令で征伐しに向かった二つの都市――が統合されてできた都市。特に旧ヤシャ地区はクライデ大陸随一のコメどころとして有名なんだってさ。日本で言う新潟みたいなポジションかも。
「実るほど 頭を垂れる 稲穂かな」
じいちゃんがどっかで聞いたことのある俳句を詠んだ。もうあとは収穫して諸々の処理をしたら美味しいコメになるであろう稲穂たちがそよ風に揺れている。
ただのコメじゃない。魔法で育てたコシヒカリだぜ。クライデ大陸のクラを取って『クラヒカリ』という名前らしい。
おれはなんでもうめえうめえで食えるバカ舌だから、銘柄によるコメの美味しさの違いはよくわからん。
バカ舌でもばあちゃんの作ったメシがスーパーで買ってきたものよりも美味しいのはわかる。スーパーでもお惣菜は裏でみんなが作ってるんだろうけど、ばあちゃんが家で作ったもののほうが美味しいのは何か大事な調味料が一つ追加されていたのかもしれない。気持ちの問題かな。
サナエさんには、おでん以降も、ポトフとかシチューとか、教会でいろんなもんを食わせてもらった。うまいうまい。おでんを味わえなかったのが残念だぜ。
「ふふん。敵情視察?」
「どうじゃろな」
いっつも灯さんとバエル様がいらっしゃっていた。灯さんは審査員長だから、好みを把握しておかなきゃいけないぶん、来てくれるのはこっちとしては助かる。
「ギルド、またランクが上がったそうね」
「おっ! ご存じでしたか!」
「ええ。タローちゃんも、あなた方の活躍を喜んでいたわ」
「それはどう「マジすか! おれとじいちゃんの活躍がミカドにも認められているなんて、光栄すぎます!」
「これからもクライデ大陸の平和のために励んでね」
「はい!」
教会のシスターたちの全員ぶんを作らなきゃいけないからか、寸銅鍋でえいやっとたくさんの量を作れる料理が多いっぽい。じいちゃんがちょっとさみしそうに「腕を上げたようじゃな」とつぶやいていた。
大丈夫大丈夫。じいちゃんはこの料理対決に勝つ。来月にはばあちゃんとおれと三人で元の世界に戻れる。自信をなくしてたら、勝てる勝負にも勝てないぜ。
料理対決までの一ヶ月間、おれとじいちゃんはテレスに籍をおくギルド『異世界じじまご』として活動しつつ、いろんな地域での依頼をこなしたわけだよ。
おれはゲストハウスでの借りぐらしをやめてギルドを設立することで、クライデ大陸での生活拠点であるギルドハウスを作ってもらえるし、クエストをクリアして、クライデ大陸で使える金を稼いで生活しやすくしつついろんな動画素材を集めに行けるよな、っていう、自分本位な理由を考えてたんだけど、じいちゃんは格が違った。
ギルドに所属していない、いわゆる無所属の冒険者よりも「テレス所属の『異世界じじまご』です」と名乗ってギルド認可証を見せたほうが相手も警戒を解いてくれる。突然やってきて「お悩みを解決するでござ!」と言われるよりは、何かあった時にギルド本部に通告できるぶんで信頼できるってわけだ。他のギルドの連中が失敗したらまとめて一緒くたに「えー、テレス?」と言われかねないので連帯責任ではあるが、今のところその心配はしなくてもよさげ。
問題を解決することで、そこの住民との縁ができる。おれは異世界から転移してきたから、当たり前だけどクライデ大陸の知り合いはいない。じいちゃんは王族ではあっても、なんせ六十年分のブランクがある。現ミカドの近衛兵の騎士団長であるところのパイモンさんばかりを頼るわけにもいかない。
自分たちの足で〝食材〟を探していかなくてはならなかった。おれもじいちゃんも料理が得意ってほどではないから、ぶっつけ本番では何もできない。練習するためにも〝食材〟は必要だった。
しかも日本では見たことのない植物やら動物やらばかりだから、似たようなものを見つけるのに一苦労だよ。
そこで縁が役に立つ。クライデ大陸の皆さん、基本的に心優しい人が多い。素朴。たまにツンな態度を取られても、なんやかんやあって打ち解けちゃう。知らないやつに対してビビってるだけなんだよな。
「キトラ様ぁ、いらしてたんですねーっ!」
田んぼの向こう側から、声を弾ませてやってくる女の子がいる。
誰よこの女! とお思いだろうか。
「手伝ってくださいませんかぁー!」
特徴は左目に眼帯を付けていること。
――そう、教会でおれのことをチラチラ見てきた女の子だ。名前はケレスちゃん。ヤシャの出身で、征伐によって住むところをなくし、テレスの教会の門を叩いたんだそうな。
親戚がコメ農家で、収穫のたびに呼び出されている、って話をしてたっけか。
「おっけー! 任せとけー!」