第17話
やけに立派な扉を開ける。ミカドの城と大差ない。
「げげっ!」
じいちゃんと目が合うなり、持っていた竹ぼうきをポーンと放り投げて奥の部屋に逃げ込んでしまう藍色の修道服のシスター。を、目で追いかける他のシスターたち。一人だけ深緑色の修道服な女性が「こら! お待ちなさい!」と藍色のシスターについていってしまった。
「君たち」
パイモンさんが呼びかけると「はい!」と全員が反応する。それから牽制し合うように目配せし始めた。
そばかすがチャームポイントな、他の子よりもちょっとデカい女の子がずいっと前に出る。こういうとこにもきっと派閥があるんだろうな。学生時代の女子たちを思い出すぜ。
「パイモン様、何用でございましょうか?」
「ステラとクレアに会いたい」
「ステラ様にクレア様は、いま、灯様とバエル様と共に植物園におります」
「ふむ」
植物園。教会にそんなものが併設されているのか。クライデ大陸の植生、気になるぜ。じいちゃんは、藍色と深緑色が入っていった扉のほうを見ている。
「じきに戻られるでしょうし、その、私がお茶でも」
「ああ。頼もう。アザゼルとキトラのぶんもよろしく頼む」
そばかすちゃんがおれとじいちゃんをチラ見する。こいつら邪魔だな、みたいな目だ。邪魔で悪かったな。用事があるのはおれらのほうだぜ。なあ、じいちゃん。
「アザゼルと言いますと、ステラ様とクレア様の?」
「左様」
パイモンさんではなくてじいちゃんが答える。そのステラとクレアっていう名前の人たちが、じいちゃんのお姉さんたちか。
十二歳の時に離れ離れになった弟が、約六十年ぶりぐらいに帰ってきているなんて、なんだか『浦島太郎』が玉手箱を開けちゃった、みたいな話だぜ。
「亡くなったはずでは?」
この世界の去年に起こってしまったこととして、ミライが他の〝修練の繭〟をぶっ壊した事件があって、それは全ての大陸民が既知の情報だから、まあ〝修練の繭〟にいたはずのアザゼルがここに生きているわけない、ってなるんだよな。けれども、じいちゃんは生きている。クライデ大陸とは違う、魔法のない世界で『時空転移装置』を作って、こっちに帰ってきたんだぜ。ってことを、いちいち言っていかないといけないわけだな。
「やはり、ワシもパイモンのように若くならねばならぬかの?」
どうしても目の前のご老人とアザゼルとがイコールにならないっぽいよな。でもじいちゃんはそのままでもかっけーしすげーんだぜ。じいちゃんはじいちゃんのままでいい。
「もしじいちゃんがパイモンさんみたいに若返っちまったら、ばあちゃんがわからなくなっちゃうだろ!」
おれがもっともらしい意見を出してみる。おれとじいちゃんはばあちゃんを捜しに来たんだし、ばあちゃんがじいちゃんの姿を見かけたらばあちゃんのほうから話しかけてくれるかもしれないじゃんか。
「ま、まあ、そうじゃな」
ちょっと引かれた。じいちゃんはその存在そのものが目印みたいなもんじゃんかよ。どうしても若返りたいってんならおれは止めないよ。それがじいちゃんの意志だってんなら。じいちゃんはじいちゃんのありのままの姿でも最高にかっこいいし、腰も治ったんだからいいじゃんかよ。
「んで、さっきのライト様とバエル様って、誰ですか?」
ライト様、の方は、パイモンさんとの授業の時に聞いた名前だ。そのライト様で合ってんのかはわからないけども、現ミカドの嫁だって人だろう。よくある名前だから、パイモンさんに確認の意味を込めて聞いてみる。バエル様のほうはマジでわからん。
「ライト様は、現ミカドの奥方。第一夫人だ」
思っていた人で合ってた。つまりは、おれたちが居城まで殴りに行こうとしているミライのお母さん。こんなところで会うとは。
「バエル様は、ミカドとライト様の息子。今年で十二歳になられる」
「ミライの弟、ってことですか?」
おれは竜帝とは言ってやらないと心に決めているから、ミライと言ってやったわけだ。パイモンさんは一瞬ムッとした顔をした。
「すなわち、現ミカド家の次男坊がそのバエルという小僧なわけじゃな?」
じいちゃんがまとめる。助かる。パイモンさんは「うむ」とうなずいてくれた。