第14話
振り出しに戻ってきた。ここは、じいちゃんの本当のご実家が建てられていた場所。おれとじいちゃんが『異世貝』で転移してきた地点。
「今はテレスのギルド本部が所有する空き地だ。自由に使ってもいいだろう」
パイモンさんの移動魔法で、おれとパイモンさんは一瞬でワープできている。魔法ってすげー。レイピアをちょいっと振るだけだったもん。ちょちょいのちょい。おれもバットに念じたらできるようになるのかな。
魔法はすげーけど、クライデ大陸に転移できる装置を作っちゃったじいちゃんはもっとすげーよ。
改めて、じいちゃん、やばすぎ。天才すぎない?
「かつてここには、アザゼルが住む屋敷が建っていた」
「知ってます。じいちゃん、めっちゃショック受けてました。おれとじいちゃんが降り立ったのもここだったんですよ」
「ああ……」
パイモンさんは目を固くつぶって、意を決したように語り始めた。
「アザゼルは、一代前のミカドの弟にあたるキマリス様の長男。ミカドの一族はクライデ大陸の各都市に居を構えているが、ミカドの住まいのある首都テレスに屋敷があったのは、アザゼルの父上がテレスのギルドの運営に携わっていたからだ」
一代前のミカド。ギルド本部にでっけー肖像画が飾られていて、城でご本人と対面したあのアスタロトっていう現在のミカドになる前の人。の、弟が、じいちゃんの父ちゃん。ってことは、おれからみたひいじいちゃん。名前はキマリス。オッケー、把握。
「アザゼルには二人の姉がいた。あの家にとっては待望の長男誕生とあって、幼少期から厳しく指導されていたそうだ。将来ミカドになるはずの男だったからな」
「はい先生、質問です」
「どうぞ」
じいちゃんに姉がいたなんて話、初めて聞いた。ああでも、クライデ大陸での話をすると家を取り潰されるからできなかった、ってじいちゃん言ってたっけか。じいちゃんは桐生家の五男っていう設定でいたから、こっちにいる姉ちゃんの話なんてできない。じいちゃんの兄は男ばっかり、長男から四男までずらっと男。姉はいない。
「お姉さん方にはミカドとなる権利はないんですか?」
妙な質問をしたつもりはなかったけど、パイモンさんは「んん?」と変な表情を浮かべて、一拍置いてから「そうか。キトラにはその話からしないといけないのか」とひとりごちる。
そうだとも。おれにクライデ大陸の常識は通じないからな。なんたってじいちゃんからは何も教えられてないのだし。
「竜のお姿には、男性しかなれない。完全なる竜のお姿になれるのは長男のみで、次男以降は一部分しか変身できない」
「ひいじいちゃんは前ミカドの弟だった、ってさっき聞きましたが、じいちゃんは全身ドラゴン形態になれてましたよ?」
「クライデ大陸の研究家が頭を悩ませている問題に突っ込むな。分家筋であろうと、必ず長男のみ完全なる竜のお姿を持つ」
ははーん。それで、じいちゃんは門番の前でドラゴン形態にモードチェンジしたってことね。そうすれば、口で説明しなくとも自らがミカドの一族であり、長男であり、ミカドとなる資格を有しているとアピールできる。服は犠牲となった。
「アザゼルが十二歳の春に〝修練の繭〟に入った次の日、アザゼルの父上が急病で倒れた」
ここからはじいちゃんの知らない情報か。知らないってか、知るすべがなかった話。
「クライデ大陸中の治癒魔法使いを集めて治療にあたったが、高度な呪いによるものと判明し、今度は呪いを解くための解呪魔法の専門家を呼び寄せた」
「はい先生!」
治癒魔法を使う人は専門知識が必要だってんだけど、そりゃあ、外科的な手術が必要なものならわかる。けれども、まあ、急病ってのがどんなものだか、今の話だけだとわからないとはいえ。
「じいちゃんから『竜の血は万病を治す』と聞きましたが、試さなかったんです?」
「私はその場に居られなかったから真相は定かではないが、試しはしただろう。竜の血から精製される万病薬が、竜の姿を持つミカドの一族には効かない、のはあるやもしれない。……結果は、呪いを解けずに亡くなられてしまったわけだ」
ひいじいちゃん……。どんな人かは知らないけど、じいちゃんの父ちゃんなのでおれと無関係な人ではない。ご冥福をお祈りする。
「その後はアザゼルの母上と、二人の姉とでテレスのギルドの運営を続けていた。続けていたのだが……」
察し。
「去年、竜帝による〝修練の繭〟破壊事件が起きた。アザゼルは死んだことになった。ミカドの一族ではあっても継承権はなくなった」
そこがターニングポイントかあ。やっぱ、ミライが許せねえぜ!
「その、ギルドの運営は?」
「現ミカド派の王族、アモン殿が経営権を奪い取った。……あの家には十歳の子がいるからな。ミカドがまだ〝修練の繭〟の儀式を続けるおつもりならば、二年後には入ることになるだろう」
それで、あれよあれよというまに、ここが更地になったってことね。ひいばあちゃんとじいちゃんの姉たち、一体どこにいるんだろう。じいちゃんより年上だってことだし、もしかしたら死んでるかもしれないけども、会えるんなら会いたい。おれは弟の孫だぞ、って顔を見せてやりたい。
「今どこにいるかってわかりませんか? じいちゃんも会いたいだろうし」
「キトラが魔法を使いこなせるようになったら教えてやってもいい」
そうきたか。
天才肌のじいちゃんの孫ってところ、見せてやらないとだ。
「燃えてきたぜ」
バットの先端のほうとグリップのほうとを右手と左手で握り、頭の上にあげて左右に身体を傾け、伸びの運動。よし。いけるいける。
「魔法の基本は『強く念じる』ことだ。雑念があってはならない」
「野球も同じだぜ。打席に入ったら、絶対打ってやるっていう気持ちになんなきゃな」
おれは天才打者だっていう、自己暗示が大事。野球をやっている人間なら、いつだってホームランを打ちたい。場面によってはスクイズが正解なシーンもあるけど、いちばんはホームランよ。必ず一点は入るわけだし。
「自分の内側に秘めたエネルギーを、外側で形にするようなイメージで」
なんだか難しいことを言われた。エネルギーをこねて、野球のボールがいい感じのコースで飛んでくる様子を思い浮かべる。
「ボールボールボールボールボールボール……!」
念じるというよりは唱えていた。ストレートをど真ん中で、キャッチャーミットに突っ込んでくるようなスピードで!
「飛んでけ! アーチを描け! 場外ホームラン!」
じいちゃんが作ってくれたピッチングマシンから白球が吐き出される。あの頃の思い出が脳内を一塁、二塁、三塁を蹴って、駆け回った。ホームベースに向かってまっしぐら!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! これがタイガーの必殺技じゃああああああい!」
おれが生み出した火の玉を、じいちゃんに託された金属バットの芯がとらえる。打ち返されたボールは『管理地』の看板をぶち抜いて、消えた。
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