既視感と危機感
初心者の拙作ですが、よければ最後まで見てくだされば幸いですm(_ _)m
第1話 既視感と危機感
「今から500年前、当時、ヨーロッパの小国であったゼイオン王国は、国王が戦死しながらも当時世界を席巻していたサディッチ帝国に勝利しました。」
そんな何の変哲もない世界史の授業の一幕。なぜだろう、たった今初めて習ったはずの、史実にどこか既視感を感じた。
「竹部先生〜質問いいですか?」
優等生の大石が聞く。
「どうぞ」
「どうして国王は死んだんですか?」
「それは今も詳しくわかっていませんが、このフィディッチ3世は、自ら最前線で馬に乗って戦っていたそうですから、敵軍に無謀に単独で突撃してしまったと言われています。
当時は英雄として持て囃されていたそうですが、現在では彼の死がゼイオン王国滅亡の遠因になってしまったとして愚か者であると評価する歴史家もいるそうです。」
竹部先生はそう詳しく質問に答えた。
ところが、その途端、俺はなぜか反射的に変なことを口走ってしまった。
「フィディッチが愚か者だなんて、不謹慎ですし、死んだではなく亡くなったと言うべきです!」
クラス中が静まり返った。当然だ。俺は思わず口をふさいだ。
今時どこにでもクレーマーはいるものだが、流石に歴史上の人物の死に関して不謹慎云々言うのはどう考えても頭のおかしなやばい奴だ。そもそも俺はこの人物に抱く思いなんて一切ないし、ましてや受験で簡単そうな世界史を履修しているだけなので世界史オタクでもなんでもないのだ。
でも俺はどこかこのフィディッチ3世という人物の死について話す竹部先生と大石に対してまるで身近なことのように、義憤という名の感情を芽生えさせてしまった。確かに俺は、自分が何も知らない国の何も知らない王が死を遂げたという歴史上の一出来事にデジャビュを感じたのだ。
変な空気になる中、若い竹部先生が口を開いた。
「え〜っと、赤名君、ごめんなさい。そりゃあ歴史好きな人は自分の好きな人物についてそんなこと言われたら怒るわよね。でも先生嬉しいわ、そこまで世界史に興味をもってもらえるなんて。」
俺は俺以外誰も悪くないのに、先生が謝るのは勘弁してくれと思ったが、先生のその一言でクラス中の空気がリフレッシュされるのを全身で感じた。
隣の席の同じくらいの背丈の井口が俺の肩を叩きながら、
「すげーぜ優希!(俺の名前)ヒューヒュー」
とおちゃらけながら言った。
更には、俺に怒りの矛先を向けられ、面食らったはずの大石は笑みを浮かべながら
「悪かったよ赤名。僕も負けてられないね」
とあえてキザに言った。
クラス中が熱気につつまれ、先生、生徒を問わずこの人格者が集う教室の中で、俺はへへと鼻の下を擦る仕草をしながら、内心では
「まあ、俺はこの人について何も知らないけど」
と思いながらもホッと一息をついた。彼らに何度も「ありがとう」という念を送った。
変人であってもある程度の学力があれば受け入れてくれるような、そんな自由で民度の高い進学校のありがたみを実感したのであった。
放課後、俺は下駄箱にて、1年の時同じクラスで今でも仲の良い河嶋と会った。河嶋は部活用のテニスラケットを担ぎながら何やら不敵な笑みを浮かべ
「よお、赤名、お前世界史博士になったんだってな」
と俺に言った。
あはは...俺は笑って誤魔化すしかなかった。
愛のあるイジリにスマッシュを打ち返せなかった俺に対して河嶋は少しだけ不思議そうな顔をしていた。
帰路につく俺は、幼稚園から同じの一個下の女、末村紫月と2人で田舎道を歩いていた。ユイは昔から賢く、俺の質問に答えられなかった試しが無い。俺は今日の世界史のことについて聞いてみることにした。
「なーシヅキ、ゼイオン帝国って知ってるか?今日習ったんだけどさ」
「知ってるよーヨーロッパにあった大帝国でしょ、サディッチ帝国に大金星あげた」
その言葉に俺はなぜか
舞い上がり、「ヨーロッパのどの辺り?」 「最全盛期は誰の時代?」「首都はどこ?」と立て続けに質問攻めしてしまった。それに対して紫月はローテンションで呆れながらも「東ヨーロッパ」 「フィディッチ3世」 「オーレンゲイル」と回答を続けた。
しばらく歩くと土手と橋の分かれ道に出て、紫月とはそこでお別れとなったが、俺は紫月に向かって手を振り
「また明日な!!!」
とこれまた理由も分からず大声で手を振ってその後ろ姿を見送った。紫月は終始困惑していたが。
一人の下校路は、田んぼと川が両側にある一本道が続いた。
俺は、ついさっきの出来事も含めて、今日が不思議な日であったことを思い返しつつ、結果的に自分がクラスを盛り上げたのだと、そう自分に言い聞かせて少し笑みを浮かべながら、なんならいつもよりもポジティブな心持ちであった。
ひょっとすると、これは世界史を得意科目にできるチャンスなのかもしれない。
気分のいい俺はこの好機を逃さまいと、人気が無いことを確認して今日習ったことを声に出してアウトプットしていたが、数分後、後ろに気配を感じた。俺はせっかく始めた学習を中断させたくないので、歩くスピードを落とし、その人が俺を追い抜くのを待っていた。
しかし、しばらく歩いていても一向に追い越される気がしない。
それ以上になにか強迫的なものが俺の心に轟いている。
どうやら背後にいるのは、人ではないようだ。
生理的に拒否反応が出てしまうような、そんな何かであるようだ。それも小動物の大きさではない。俺は12月の寒さにもかかわらず、背中から汗が出ているのを感じた。謎の殺気は俺を臆病者に仕立て上げようとしている。
「まさか、等身大のGじゃあるまいし。」
辛うじて残っていたポジティブ・シンキングを振り絞って、俺は振り返った。
すると視覚的認知とそれに対する情動機能の働きに2秒間のラグが生じた。
そこには今まで見たことのないような、物理世界を超越した巨大な黒い人魂のようなものがあったのだ。俺の後ろにこんなものがずっといたんだ、手には何やら大きな鎌を、足は見当たらない。そして鎌が振り上がる。
「うわぁぁ!!!」
俺は思わず尻餅をついたが、本能が逃げろと言っている。慌てて立ち上がり、振り下ろされる鎌をギリギリで回避した。固い地面に鎌が大きくめり込んだ。
逃げなくちゃいけない、逃げなきゃ
俺はそのまま後ろを見ずにひたすら走り続けた。心臓がこれまでに無いほど音を立て、俺に酸素を供給する。身体が言うことを聞かなくなる体感約800mを全力で走り抜いたところで息が切れ、立ち止まって膝に手をついて中腰になった。しばらく時間が経っても自分の身には何も起こらないため、どうやら"あの何か"はもう追ってきてはいないようだ。
「何だったんだあれは...」
はぁはぁ言いながら低下したIQで考える。高まりを見せていた鼓動がピークを過ぎても、依然として高いままだ。俺は川側についている柵に両手をついてもたれかかった。
再び俺は歩き出した。もう追ってきてはいない、そんな確証はどこにもなかったのだが。これが所謂バイアスというものであろうか。家まで後もう300mくらいであったが、精神的、肉体的疲労から俺は再び柵にもたれかかった。
しかし、その途端、垂直上に背中に何かが落ちてきて、鈍い音がすると同時に、何にも比類することができないような、そんな大きな痛みを感じた。
そして肺の壊れる感触と共に、初めて自分の肺の位置を知る。
途方もない痛みと呼吸困難に襲われている最中の視界には、胸から鋭利な金属物が突出していて、大きく血が流れ出しているのが映ったのを最後に、俺は唐突な生涯の終わりを悟り、それを受け入れた。これ以上苦しみを感じていたくはなかったのだ。
もう追われていないというのはただの願望で、俺はずっと追われていたのだった。
よければ次回もよろしくお願いいたします(>人<;)