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カラオケで失恋ソングばかり歌っている女子高生の話

作者: 墨江夢

 カラオケ店でアルバイトをしていると、様々な客を目にする。


 個室なのを良いことにイチャつくバカップル。頭にネクタイを巻いて馬鹿騒ぎする仕事終わりのサラリーマン。ストレス発散にヘビメタばかり熱唱する清純派女子高生。


 誰にでもお気に入りの曲があり、誰にでも歌いたい曲がある。

 上手い下手は関係ない。自分が満足出来れば、それで十分なわけで。

 カラオケとは個性を表現出来る場所であり、だからこそ、俺・千代田正文(ちよだまさふみ)はこの仕事を心底楽しいと思っていた。


 さて、今日はどんな個性を持った客が現れるかな。

 胸を躍らせながらタイムカードを切り、数十分。俺・はとある個室の前で……悲壮感に襲われていた。


 注文を受け、ドリンクを運んできたこの個室では……先程から高校生らしき女の子が、一人で失恋ソングを歌いまくっていたのだ。


 一曲二曲なら、「あぁ、この曲が好きなんだろうな」と解釈することも出来る。

 しかしこの女子高生は、歌手を変えリリース年代を変え、休む間もなく失恋ソングを歌い続けている。


 ドアのガラスから、そーっと中を覗き込むと、女子高生の表情に悲しさは見受けられず。寧ろ「虚無」や「喪失」といった熟語が相応しいように思えた。


 ……これはもう、疑いようがないな。

 この女子高生は、失恋したのだ。

 

 彼氏なのか片思いの相手なのかはわからないが、終わってしまった恋を忘れる為に一人カラオケに来たのだろう。その気持ちは、わかる。

 

 でもさ、でもさ。


「会えない」だの「届かない」だの連呼してんじゃねーよ。こっちは気まず過ぎて、個室に「入れない」んだっつーの。


 曲が終わった。

 いつまでもこの部屋の前で佇んでいるわけにもいかないので、俺は「このタイミングを逃すまい!」と部屋の中に入る。


「失恋します! ご注文のメロンソーダをお持ちしました!」


 ……ヤベッ。

 間違えて「失礼します」を、「失恋します」と言ってしまった。


 初対面の第三者から出来たばかりの傷口を抉られた女子高生は、無の表情から一転、ブワッと泣き始める。

 恐らく「失恋」というワードを聞いたせいで、堪えていた涙が溢れ出してしまったのだろう。


「失恋じゃないもん。彼氏に浮気されただけだもん」

「そうだよな。悪いのは、彼氏だもんな」


 一応話を合わせておいたが、実際のところそれは失恋と言って差し支えないと思う。


「私の彼氏を悪く言わないで!」

「うん、そうだよな。悪いのは、君が失恋したと決め付けた俺だよな」

「だから失恋じゃないもん! 浮気されただけだもん!」


 ああぁぁぁ、もうっ! 面倒くせええぇぇぇなああぁぁぁ!


 失恋JKへの同情心が、いつの間にか面倒くささに変わっていた。

 客じゃなければ、間違いなく「うるせぇ!」と言っている気がする。


 このまま会話を続けてみろ。あと何度「失恋じゃないもん。浮気されただけだもん」を聞かされるかわかったもんじゃない。

 そんなの、時間の無駄だ。仮に時間が無限なあったとしても、絶対にお断りだ。


「それじゃあ、ごゆっくり〜」


 営業スマイルを向けてから、俺はごく自然な流れで部屋をあとにしようとする。しかし、


「ちょっと待ってよ」


 女子高生が、俺を呼び止めた。


「女の子を泣かせたんだからさ、慰めてくれても良いんじゃないかな?」

「えー……」


 嬉しくもないご指名が入ってしまった。




 

 女子高生・汐留明梨(しおどめあかり)は、もう一曲失恋ソングを歌った後、大きく「ふぅ」と息を吐く。


 歌い疲れて喉が渇いたのか、メロンソーダを半分程飲み干して、それからポツリと呟いた。


「恋ってさ、どうしていつかは冷めるんだろうね」

「いや、そんないきなり哲学的なこと言われても……」

「やっぱり、アレかなぁ。「恋は鉄のようだ」って、よく言うからかなぁ」


 こいつ、人の話を全然聞いてねぇ。

 あとその喩えは一度も耳にしたことがない。


「私の話、聞いて貰っても良い?」

「(嫌だと言っても強制的に聞かされるんだろうから)どうぞ」

「ありがとう。……彼との出会いはね、半年前だったの。文化祭の後、思い切って告白したら、彼が私の気持ちに答えてくれて。家に帰ってからメッセージを送り合ったり、休日はデートをしたり。あの頃は、楽しかったなぁ」


 充実していた日々を思い出して、汐留はうっとりする。


 しかしそれも一瞬の話で。

 汐留はすぐに、暗い顔になった。


「でも……彼には浮気相手がいた。同じクラスの女の子なんだけどね、なんと彼女とも付き合っていたみたいなの。……一年以上前から」


 ちょっと待て。ここで一旦、状況を整理しよう。


 汐留が彼氏と付き合い始めたのは、半年前。対して彼氏が浮気し始めたのは、一年前。……それって、時系列がおかしくないか?


 要するに、彼氏にとって本命は同じクラスの女の子とやらで、汐留の方が浮気相手だったのだ。

 ……なんて、口が裂けても言える筈もないが。


「彼氏のこと、大好きだったんだな」

「うん。大好きだったよ。私が「好き」って言ったら、「好き」って返してくれて。「愛してる」って言ったら、「愛してる」って返してくれて。「ずっと一緒にいてくれる?」って聞いたら、そしたら……」


 汐留はそこで一度区切ると、大きく息を吸い込んだ。それからマイクを持ち直して、


「「ずっと一緒にいる」って、言ってくれたじゃないかよおおぉぉぉ!」


 マイクに向かって叫び、盛大にハウリングさせた。


「やめろ! 壊れるだろ!」

「私の心はとっくに壊れてるよ! バキバキだよ!」


 喧しいわ!


「ねぇ。私の壊れたガラスのハート、どうしたら良いかな?」

「……明日不燃物の日だから、ゴミに出しといてやるぞ。あっ、粗大ゴミだと金がかかるから、細かく砕いておいてくれよな」

「わーお、仕事熱心! じゃなくて! 男なら、傷心の女の子を慰めるくらいしてよ!」

「いや、慰めろって言われてもなぁ」


 俺はイケメンじゃなければ、ハードボイルドでもない。ただのカラオケ店のバイト生だ。

 キザなセリフが吐けるわけでもなく、高いご飯をご馳走してあげられるわけでもなく。俺に出来ることといえば……


 俺もまた、マイクを手に取る。


「折角カラオケに来てるんだし、どうせなら盛り上がろうぜ。カラオケってのは、楽しい場所だろ?」


 失恋ソングはもうやめだ。

 普段ならともかく、今は悲しい気持ちになるだけである。


 二人で歌えて、二人とも知っていて、それでいて楽しい気分になれる曲って、一体何だろうか?


 考えた結果、俺は昔観ていた子供向けアニメのオープニングを選曲する。

 

 このアニメは今も昔も幼稚園児の9割が観ているから、きっと汐留もオープニングを歌えるだろう。


 予想通り、汐留はこの曲を知っているし、歌えるようだった。


『♪〜』


 さっきは不幸オーラ全開だったから気付かなかったが、汐留って歌上手いんだな。

 職業柄沢山の歌声を聞くが、ここまで上手な人はあまり見かけない。


 歌い終わると、汐留が「プッ」と吹き出す。そして、


「アハハハハ!」


 どういうわけか、大笑いし始めた。

 

「……何がそんなに面白いんだよ?」

「いや。この年になって、まさか子供向けのアニソンを歌うとは思わなくてさ」

「それは不満か? それとも文句か?」

「ううん、お礼だよ。楽しい気持ちにしてくれて、ありがとう」


 吹っ切れたわけではないけれど、少なくとも今この瞬間だけは、失恋した事実を忘れていられる。笑っていられる。

 多少なりとは、俺は彼女を慰めることが出来たのかもしれない。

 

 その後も二人で子供の頃に観ていたアニメの主題歌を歌う。

 試しに童謡なんかも選曲してみたら、汐留に「カラオケに来て歌う?」と言われ大爆笑された。


 気付くと俺も、仕事中であることを忘れてすっかり楽しんでしまっていて。

 4、5曲デュエットした後、流石にこれ以上長居しては店長に怒られると思い、仕事に戻ることにした。


 去り際、汐留が俺に尋ねてくる。


「あのさ……また来ても良い?」


 俺は素の自分からカラオケ店員に戻り、営業スマイルを貼り付けながら答えるのだった。


「勿論です! またの起こしを、お待ちしております!」





 一週間後。

 宣言していた通り、汐留は再びカラオケ店を訪れた。


「来ちゃった⭐︎」

「……いらっしゃいませ」


 マニュアル通りの接客をするも、どうやらそれが汐留のお気に召さなかったようで。


「何、そのよそよそしい態度? そこは「彼氏の部屋に遊びに来た彼女かよ!」でしょ?」

「いや、俺はお前の彼氏じゃねーから。……で、今日も失恋ソングを歌いに来たのか?」

「ううん。それに関しては、もう吹っ切れたから大丈夫!」

「そうなのか?」

「なんかね、元カレの奴、私以外にも複数人と浮気していたみたいで。今学校でめっちゃ干されてる」


 改めて思うけど、本当お前の元カレってクズだよな。


「というわけで、今日は純粋にカラオケを楽しみに来ました。時間は2時間。指名はお兄さん」

「ここはホストクラブじゃねぇ。生憎当店では、そのようなシステムは取り入れておりません」

「えー! お客様は神様じゃないの? 神様相手なんだから、もっと崇めてよ。お賽銭代わりに、ドリンクサービスしてよ」

「出たよ、カスハラ」

「残念ー! これは単なるたかりですー!」


 余計にタチが悪いわ。


 汐留はグイッと、カウンターに身を乗り出す。

 先週会った時よりワイシャツのボタンが一つ多く開いているように思えるのだが、気のせいだろうか?


「お兄さんとデュエットしたい曲、選んできたんだけどなぁ」

「……っ」


 胸元が見えるか見えないかというギリギリの姿勢に、狙ったような上目遣い。この女、無自覚でこんなことしてるんじゃないよな?

 年下の女子高生にドキドキさせられるとは、不覚以外の何ものでもない。


「……今は無理だ」

「……そっか」


 残念そうに目を伏せる汐留に、俺は「でも」とセリフを続けた。


「30分待ってくれ。そしたら、シフトが終わるから」

「! うん!」


 暗に「デュエットする」と言われて、汐留は笑顔になる。

 つい一週間前失恋して、ウジウジしていた人物とは思えない。


 30分後。俺は約束通り、彼女の待つ個室に向かう。

 それから延長も含めて約3時間、二人で楽しく歌いまくった。


 一つだけ、気になる点が。

 デュエットした曲が片思いのラブソングばかりだったのだけど……きっと他意はないのだろう。うん、そうに違いない。





 季節は巡り、冬がやって来た。


 汐留との関係は今でも続いており、つい昨日も一緒にカラオケをした。

 

 おしゃれなカフェに行ったり、テーマパークでお揃いのカチューシャを着けたり、そういったことを俺たちはしない。

 一緒に行く場所はいつもカラオケ店で、一緒にすることは決まって歌うことだった。


 でもだからと言って、関係が全く進んでいないわけじゃない。

 当初は俺のシフトの日に汐留が来店して、俺がバイトを上がってから遊ぶという流れだったが、今では休日も普通にカラオケに行ったりしていた。


 12月に入って数日が経過した頃、汐留が俺にこんなことを聞いてきた。


「12月24日って、空いてますか?」


 12月24日。その日がクリスマスイブであることは、周知の事実だ。

 そしてそんな日に異性を遊びに誘うということが、特別な意味を含んでいることは言うまでもなかった。


 ……いやいや。早とちりするな、落ち着いて考えろ。

 イブを一人で過ごすのが嫌だから、単に最近仲の良い俺を誘っているだけなのかもしれない。

 

 他の理由だって考えられる。例えば、


「あっ、わかった。クリスマスソングをデュエットしたいんだろ? そうだよな。クリスマスソングは、クリスマスに歌うからこそ味があるんだよな」


 ショッピングモールのBGMだって、この時期はどこもクリスマスソングだ。

 食べ物同様、歌にも旬というものがある。


「違うよ。デートに誘ってるんだよ」


 ……落ち着いて考える? そんな必要、どこにもない。

 彼女のお誘いには、しっかりと特別な意味が含まれていた。


「どうして、俺なんかを? クラスの男子とか、他に誘うべき奴は沢山いるだろ?」

「男の子の知り合いは沢山いるよ。でも、傷ついた私を慰めてくれて、笑顔にしてくれた人はあなたしかいない。「好きだ」って思える人は、あなた以外にいない」

 

 汐留の口から発せられた「好き」という2文字。彼女が俺に好意を抱いてくれていることは、最早疑いようのない事実で。


 正直に言おう。

 少し前から、「あれ? もしかしてこいつ、俺のこと好きなんじゃね?」と思ってはいた。

 その気持ちは純粋に嬉しいと思うし、俺も多分、彼女が好きなんだと思う。


 だからといって、汐留と付き合うのには抵抗があった。


 ここぞとばかりに優しくして、好感度を稼ぐというのは、なんだか傷心の彼女につけ込んでいるようで。

 それ故俺は、汐留に明確な好意を示さなかったのだ。


 汐留に自分の気持ちを伝えないという選択は、間違っていなかったと思う。

 だけど……彼女の方から「好き」と言われたのなら、話は別だ。


 こうなってもまだ自分の気持ちを隠していたら、それはもうカッコ付けじゃない。ただのヘタレだ。


 俺は汐留と出会ってから今日に至るまでの出来事を思い出しながら、自分の素直な気持ちを言葉にする。


「俺はお前を幸せにしてやると約束出来ない。ずっと笑顔でいられるようにしてやると、約束することが出来ない」

「そっか……」

「でも……お前にもう二度と、失恋ソングは歌わせない。仮に歌うとしても、その時は俺と一緒に、笑ってだ」


 汐留にとって、俺が最後の彼氏になってやる。この先決して、彼女に失恋なんて経験させない。


 そんな誓いを立てながら、俺は思い出のアニメソングを選曲するのだった。

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