一話
世界は、凄く薄いものだと思う。
根拠。
そんなものは欠片もないけれど、”世界”それは、薄っぺらいものだと思う。
「ここにXをいれて・・・・・」
つまらない授業を聞きながら、そんな事を思う。
中学の、つまらない数学。
つまらないから、聞きたくもない。
それでも、義務付けられた高校に行くために、聞きたくない授業も聞く。
義務付けられた。
誰に?誰だろう。
親に?兄弟に?意味もない期待を寄せる教師たちに?わからない。忘れてしまった。
興味ない。
自分が高校にいくことを義務付けた相手なんて、興味ないから覚えてない。
覚えるのは。覚えなくてはいけないと思うのは、義務付けられたその事実と、つまらない授業の内容だけ。
「渚ちゃん、授業終わったよ。」
友人の声が聞こえた。
返事はする。ただしうわべだけの薄い返事。
「渚、授業終わったわよ」
また声が聞こえる。
さっきと同じようなことを言う。
返事をする。これはさっきと違う。
ちゃんとした返事。
燐萄桔梗。私の友達。綺麗な名前。それにぴったりな整った顔立ち。鈴をころがしたような美しく響く声。成績、運動、共に優秀。
完璧な女性。それの完成態のような女。
「また授業聞いていなかったの?それで高校なんていけるのかしら。」
桔梗が歩けば男女問わず振り返り、誰もが憧れている。それなのに人が寄り付かない訳は、この性格にあるだろう。
「ひど。授業はちゃんと聞いてるよ。」
「そうだったわね。」
桔梗はクールだ。いや、クールなんて言葉では収まりきらない。
こいつの性格は、何も身に纏わないで、氷点下何度とかの海に入った時くらい冷たい。
勿論、私は入ったことないが。例えだ。
「それより、お腹すいたわ。」
「そうだね、早く行こう。」
まぁ、とりあえず私にはそこまで冷たくないようだが。周りには凄く冷たい。
そんな氷点下女と平凡な私がつるみ始めたのは、いつだったか。
そんなことは忘れてしまった。
だが理由は覚えている。桔梗と私の性格が似ていたから。
誤解しないでほしい。私は氷点下の海ほど冷たくないし、むしろ真逆といってもいいだろう。
これはそういう問題ではない。
「ねぇ桔梗。やっぱり世界は薄いよ。」
「なによ急に。まぁ確かにそうね。」
これだ。
私は高校に行くことを義務付けられた。
桔梗も高校に行くことを義務付けられた。
最初は、環境が似ているから。それが理由で一緒にいた。
私は世界が薄いと思った。
桔梗も同じだった。
一緒にいてわかったことはこれだった。
深く共感して、深く安堵した。
「桔梗、今日暇?」
「今日は稽古。」
返ってきた言葉に、ただ、そっかと返す。
桔梗はお偉いさんのお嬢様だ。色んな稽古をして、色んな塾に通ってる。
特に力を入れているのは、踊りだ。なんでも、踊っているときは全て忘れられるそうだ。
学校のことも、世界のことも、親から与えられる強すぎる重圧も。全て忘れられる。そう言っていた。踊り終わった時に感じる現実ほど辛いものはない、そうとも言っていたけれど。
「踊り?」
返ってきた言葉に、そっかと返して、また問いかけた。
「違うわ。歌。」
「わお、歌までやってるんだね。流石エリート。」
そういうと、あからさまにしかめっ面をした桔梗がいた。
エリート。その言葉は、桔梗の大っきらいの言葉だ。
「ごめんごめん。冗談。」
「あっそ。
あーあ、あんたが恋人なら良かった」
桔梗が呟いた。しかめっ面は続いてる。
しかめっ面をした、その顔ですら綺麗だと感じる。女の私から見ても、綺麗だと思うその顔は、決められた婚約者によって奪われる。
そういう趣味はないが、むかつく。こんなに綺麗な女を、こんなに寂しがっている女を、こんなに孤独な桔梗を、金目的のいやらしい男にとられると思うと、いらだつ。
「マジで言ってる?」
「なわけないでしょう。」
だよね。そういって、開いたお弁当に手をつけた。
自分で作ったお弁当。味が薄かった。
私の心みたいに、薄くて。何故?答えは決まっていた。私が作ったから。これ以外の答えも、解決方法も、見つかることはなかった。