六話 一日目の終わり
学校でテストがあった。意外とできたかもしれない。
俺は下を見下す。
下にはあんなにも大きく群生していた大樹が小さく映っている。
今俺は高度5000メートルくらいを飛んでいる。
ここまでくると空気は薄く風も冷たく気圧も小さくなり、周りに森しかないこの場所では俺に並ぶものはない。視界を遮るものはなく、どこまでも見渡すことができる。
そんな圧倒的な高度からは全方位の地平線を見渡すことができこの惑星が丸いことを示してくれる。
風に乗る。
まさしく今の俺を表す表現だろう。
風が強い日とかにしか吹かない一瞬体が止まるほど強い風が絶え間なく吹いているこの大空では羽ばたく必要なんてない。ただ風に乗るだけで十分だ。
ああ、目的の木の実だがちゃんとあった。これで虫を食べる必要はなさそうだ。ちょっとだけ味見もしてみたが毒も心配もなさそうだったし、想像していた以上においしかった。それにいくつか違う種類のものも発見できた。中には硬い殻の中にリンゴみたいに甘くてみずみずしいものもあったし、栗のようなものもあった。
おいしくない可能性も考えていたからこれは純粋にめっちゃ嬉しかった。
これで食料問題も解決したとみていいだろう。
となると衣食住のうち衣はいらないとして食の問題は解決。住はどうしようか。鳥だからそこら辺の木の枝にでも止まって寝ることはできるのだろうか。
だが、巣の作り方も知らないし頑張っても一日で完成するとは思わないし、今日のところは枝にとまって夜を明かすとしよう。巣とかいらなくても普通に寝れるかもだしね。そしたら作らなくてもよくなるわけだし。
しかし、この障害物のない世界はとても落ち着く。
あんなにも動いていた心が風に洗われたのかスッと落ち着いている。黄昏ているとも言う。
ふと、思う。
今日はいろんなことがあった。不安に思うことはたくさんある。俺のこれからのこともだが、美鈴のことも気になる。俺はとりあえずは生きていけそうだが美鈴は大丈夫なのだろうか。今俺が考えたところで何かができるわけでもなく、先送りにすることしかできないことであることは分かっている。だから今は考えるべきことではないということも。でも心配だ。これも俺に少し余裕ができたからだろうか。つい考えてしまう。
でも......どうしようもない。美鈴のために俺ができることは............ないのだ。
落ち着いていた心は落ち着きを通り越して暗闇へと落ちていく。
まずまずの話だが美鈴は今どこにいるのだろう。
探したいが方法がない。そこまでの余裕もないし、俺のようにほかの動物になっていたら俺に判断するすべはない。見つかる可能性は絶望的だ。
それに............ここは地球ではないかもしれない。嘘だと思いたい。沈み始める太陽の代わりに昇ってきた月が、日本で見た月とは全く違うことはただの見間違えだと、......誰かに否定して欲しい。先進国の一つである日本の高校で地理の授業を習っていても、とてつもなく広くて、あり得ないほどでかい大樹が群生し、あり得ないほど神秘的な森を写真ですら見たことがないなんてよくあることだと。昼間から自ら発光する花なんてよくあると。
瞳から溢れて落ちた涙は一粒の流星となる。
ああ............これが異世界転生ってやつか...。想像とは違いずいぶんと心に来るものがあるなぁ。
いきなり訳の分からないところにほっぽり出された時の心細さとかは思っていた以上にきついものだった。
クラス転移ものだとだいたい一人くらいは「ふざけんなよ!!!さっさと帰せよッ!!!」っていうやつがいるけど、今ならそいつの気持ちもよくわかる。この体になったことで随分と肝が据わったけどそれがなかったら何かをしだすまでに数日くらいはかかっていそうだしな。
しかし、怒る相手も八つ当たりする相手もいないここではやるせない気持ちがどんどんと気分を下げてしまう。
何かに集中していても、なにかを楽しんでいたとしても、ふとした瞬間に我に返り「自分は何をしているのだろう」と思ってしまう。
考えがまとまらない。
同じことを何回も考えている気がする。
寂しいなぁ......。
こんなにも心細いと感じるのは初めてだ。
人肌の温かさをこれほどに感じたいと思ったことはあるだろうか。......ないなぁ。
先ほどまでは粘着質で暗かった気持ちはいつの間にか考えることを放棄したかのように寂しさを訴えかけている。空気が冷たい。
少し眠くなってきた。
別に死ぬわけではないが、今日はいろいろなことがありすぎて疲れた。
太陽もいい感じに沈んできている。そろそろ帰ろうか。
羽ばたくこともせず、ただ大きく旋回しながら高度を下げていく。
暇だ。
一瞬だけ羽を折りたたんでみる。俺の体は重力に従いあっという間に落下速度を上げる。
すぐに広げる。恐怖を感じることはないが、少しビビった。あんなに速度が出るのか。
下を見る。
まだまだ遠い。次はさっきよりも長く羽を閉じてみる。
そんなことを続けていると三分もしないうちに木の頂上までくることができた。葉のないところを探しそこから内側へと侵入する。木の枝が駆け巡っているが、その間をかいくぐり飛ぶことはできる。幹に近い太めの枝に狙いをつけ、足でがっしりとつかむ。
羽を折りたたみほっと息をつくとすぐに眠気が襲ってきた。
一度安心してしまったからか、瞼はすぐに役目を放棄し睡魔は抗う時間もくれずに膨張する。
日はもう落ちかけているが完全に落ちるまでにはまだ時間はある。今日の寝床のことはしっかり考えておきたかったが、そのあまりの眠さに気絶するかのように眠りへと落ちていってしまった。