三話 今するべきこと
「ッ......そうか......」
あの空間に落ちてからの記憶はないが、どうやら一応は助かったようだ。
相変わらずここが何処かは全く分からないが、先ほどまで感じていた恐怖やら不安やらは薄れてしまった。あまりにも強烈な体験をしたせいか本当に何もわからないということを体験したせいか、いくら知らない場所であっても、土があり、木があり、太陽があり、風がある。先ほどのあの空間よりは圧倒的にましだと感じたからだろう。
それほどにあの空間で起きたことは訳が分からず、まるで地獄に行ってきたかのように思えてくる。
できるものなら記憶を消したいと思いつつも、今やるべきことは先ほどの記憶からくる恐怖に震えることではないと異常なまで冷静な思考が言い続けている。
自分でもその冷静すぎる思考ができていることに驚いているが、確かにその通りである。
美鈴は大丈夫なのか、どこに行ったのか、クラスメイト達のことも気になる。ああ、ダメだ。美鈴たちのことを考えてしまうとどんどん気になることと彼女たちを心配する気持ちや不安が湧き上がってきてしまう。
美鈴たちのことも心配ではあるが今は自分の心配をすべきである。
まずは先ほどから動かそうと頑張っているがあまり成果のないこの体についてである。
顔は結構動かせるっぽいし少し慣れてきたのでまずは体の確認を......
鳥?
なるほど、からだがとりになっていたからうごきにくかったんだ~。きれいなあかいろのつばさだ。かっこいいな~。
ッッて、なんだよこれ!!
は?いや、まてマジで意味わからんぞ。よくわからん空間に落ちて気を失って目が覚めたら体が鳥になっていました。って、ほんとにどうすんだよ。
この冷静すぎる思考もこの体になったからなのかな。だとしたら、けっこう有難いけどさすがに予想外すぎるし、±的にはマイナスのほうな気がするしな。
よし、戸惑うのは終わり。この思考になったからこそできることだけど、いつまでも戸惑っているのではなく切り替えて前を向かなければ事態は好転しない。
さて、一番最初にやるべきことはこの体を動かせるようになることだろう。体が動かせませんじゃあ何もできないから。
つまりやることは一つ。
(まずは立てるようになるところまで猛練習だぁぁぁああああああああああ!)
「ピュイイィィィィイイイイイ!」
(あ、声出た)
__約一時間後_____
ほぼ真上にあった太陽も少し傾き、遅れて上がった気温が一日の最高気温を更新した頃、大きな森の中で小さいが大きな成功が達成された。
とてつもなく大きな大樹が並ぶ中、その隙間が作る小さな公園ほどの大きさの原っぱには一匹のとても綺麗な赤色をした体長三十センチほどの鳥がたたずんでいた。
その姿はあまりに美しく神秘的で、見る人がいれば大樹たちとの大きさの比に違和感を覚えさせるその体の小ささもそれすらをも神秘性を際立てる一つの小道具とさせ、その美貌は見た人すべてを魅了するだろう。
だが、当の本人(めんどくさいので本人とする)は小さくも大きな成功による達成感に浸かっていた。
「ピュイイイィィ」
(やっとできた。ここまで長かったが、あきらめずここまで来た。そう、立てたのだ。いや~、さすが俺。やっぱ最強だね。もしかしたら鳥の才能があるのかもしれん。)
傍から見るとあまりに美しい光景だが、本人はその聞く者すべてを惚れさせるような声とは裏腹に内心では面白いほどに調子に乗っていた。人間から鳥になったことがある人ならわかってくれると思うが、そもそもの骨格が人間とはまったく違うので実際これだけの時間で動けるようになり立ち上がれるようになれるのは結構すごいはずだ。たぶん。これが普通だったら俺は泣く。
だが調子に乗ってはいても冷静な思考は捨ててはいなかったようでそんな調子に乗っている時間はすぐに終わった。
(よし、次は慣れるためにも歩きながらちょっと周りを見てみようか。食べれそうなものがあったらいいな)
そう考え、俺はよたよたと危なっかしい動きをしながらも少しずつその場を離れていくのだった。
主人公がただの高校生だったくせに冷静に何かを考えれるのはあの空間でも経験が精神の成長に一役買ったのと鳥になったからです。