二話 俺はなにを......
タイトルが思いつかなかった。また考えときます。
まず最初に視界が大きく揺れた。
そして、驚く間もなくやってきた強烈な気持ち悪さ。
それはまるで頭の中を一瞬にしてぐちゃぐちゃにかき回されたかのようだった。
幸いにして、それらは一秒にも満たない一瞬の間に訪れたものだったが、完全に不意打だった俺たちは頭を抱え立っていたクラスメイトはうずくまり座っていたクラスメイトは体を縮こまらせるようにしてその余韻の気持ち悪さを感じていた。
もちろんだが、後ろを向きながら美鈴としゃべっていた俺も美鈴もその気持ち悪さに襲われた。
数秒耐えると気持ち悪さはほとんど引いていき顔をしかめながらも顔を上げ周りを確認した俺は同じように顔をしかめながらも壁や机に寄りかかって周りを確認したり、まだうずくまっているクラスメイトを見て皆が気持ち悪さに襲われたことを悟った。
この時点で、何かしらおかしなことが起きているのは何となく察することができたが、次の瞬間さらにおかしなことが起き、頭の奥でチクチクと感じていた頭痛も忘れ絶句した。
教室が溶けたのだ。
これだけ聞くと何を言っているのかよくわからないだろう。
詳しく言い表そうとするなら、......そうだな、チューブから出したばかりの絵の具をパレットごと垂直に立てると絵の具は粘り気を保ちながらゆっくりしたに垂れるだろう。そんな感じをイメージしてくれるとわかりやすいと思う。
しかも、少しずつとかじゃないんだ。
まるで、ただの四角い箱の中に俺たちはいてその壁に描かれていた本物と錯覚するほど精巧に作られた絵画のすべてが水に流れるように剥がれ落ちて行ってしまったんだ。
まあ、とにかく絶対に自然にはあり得ないことだろうし人為的にもできないであろうその現象は僕の頭を思考停止状態へと陥らせた。
でも、そんな状態でも俺は恐怖も感じていた。いや、感じていたから何かを考えることをやめたのかもしれない。
しかし、変化は止まらず教室の絵の具は消失していき、完全になくなったところからは何もない空間が広がっていくのが見え始め、少しすると完全に教室は消え、俺たちは宇宙のような空間にいた。
だが、何かよくわからないぼんやりとした光が何もないところから発生していたり、まったく星のような物体が見えなかったことから宇宙ではなかったのだろう。
ここで一旦変化は止まり俺たちは不思議な空間を漂っていた。
不思議なことにその空間は神秘性をはらんでいた。こんな時でなければ感動すらしていただろう。
そして今まで誰もが圧倒的な情報量で動くこともできずに棒立ちとなっていた中で、ついに誰かが動いた。
それは、未知からの恐怖によって足の力が抜けてへたり込んでしまったのか、それともうずくまったのか、はたまた持っていた何かを落としたのか。何だったのかは分からないがそれは思考停止という現実逃避から俺たちを呼び覚ました。してしまった。
もちろん俺たちは阿鼻叫喚の大混乱に陥った。
先ほどからも混乱してはいたが、ここまでのことが人知を超えていることくらいバカでも分るし一旦正気を取り戻してしまったら、俺たちは恐怖することしかできなかった。
「おいッ!!どこだよここッ!!」
「知るわけないだろッ!!」
「......う、そ......な、なんなのよ...これ......」
「う、うるさいッ!!黙ってよ!!」
「ね、ねぇ、これ大丈夫だよね?すぐ帰れるよね??」
「......」
「ど、どうすんのよっ!!私早く帰らないといけないのッ!!」
「ちょ、ちょっと誰か説明してよ......ね、ねぇ説明してって言ってるでしょッ!!」
誰も自分が何を言っているのか何をしているのかわかっていないだろう。誰もが心の奥底からじわじわと心を侵食してくる恐怖と不安から逃れようと、少しでも紛らわせようと、その恐怖を怒りに変えて怒鳴ったり、友達に縋りついたり、考えるのをやめたりもした。
しかし、この謎の現象はまだ終わりではなかった。
下のほう、自分たちの足元が急に光ったのだ。
しかもこの時気が付いたのだが、俺たちは椅子に座っていた人達もいたにもかかわらずいつの間にか全員が立っていたのである。
そして、下に光を感じた俺たちはつい地面を見た。
しかし、そこに地面はなかった。
あったのはとてつもなく緻密に複雑な模様が描かれ淡い光を放っている魔法陣であり、その隙間からは先ほどから見ている謎の空間がどこまでも広がっているだけだった。
つまり、俺たちは魔法陣の上に立っていた。
座っていたはずの俺たちも含めていつの間にか全員が立っていた。
だが、どうやらこの魔法陣は透明な床に描かれているらしい。ネットの上に立っているような穴が開いている感覚はなくしっかりとした地面の感覚がある。
ただ、後から考えるとその魔法陣がほとんど隙間がないほど複雑に何かが描かれていたのは幸いだったかもしれない。これがもし、隙間が大量にあるような魔法陣だったなら俺たちはもっと恐怖していただろう。高所恐怖症でなくても底が見えないところに立つのは怖いのだから。
そんな俺らが立っている魔法陣だったが、どうも規則正しく光っているらしい。
しかし、この魔法陣が不完全なのかそういう仕様なにか分からないが、所々光が魔法陣を構成する線の中で詰まってしまったかのように滞留しているところがある。
さらに不思議なことにその滞留している光は魔法陣が点滅を繰り返すたびに大きくなっている。
そんな中、俺の考えることをやめた脳はいくつかあるどんどん大きくなる光だまりのような場所の中でも明らかに一番大きいものが俺と美鈴の近くにあることに気が付いた。
いつの間にか手を握り合っていた俺たちは後ずさった。
無意識下でも本能は働いていたのだろう。
何もわからないながらにもそれが危険だと判断したのか、俺たちはじわじわと後ろに下がった。
痛くなるほどにお互いの手を握り締めて。
いつの間にか辺りは静かになっていた。
パリンッ
実際にそんな音がしていたかはわからない。
もしかしたらしていたかもしれない。ただ、ガラス細工がひとりでに割れてしまったかのように、溜まりすぎた光に耐えかねたのか魔法陣の一部は割れるかのように壊れ、穴が開いた。それだけは分かった。
誰も声をあげなかった。
そして、誰もが注目していた。
時が止まったかのような静かな世界で壊れ飛び散った光の破片を見ていた。
吸い込まれた。
表現の仕方は分からない。
とにかく何かの引力が発生した。
あまりに突然すぎたがその力は結構強い風よりもちょい強いくらいであり、俺は耐えることができた。
そう、俺はだ。
美鈴は体勢を崩してしまった。
壊れた魔法陣に空いた穴は直径50センチほどはあった。
美鈴以外にも体勢を崩してしまった人もいたが一番穴に近かった美鈴はその穴に吸い込まれ、その穴から落ちようとしていた。
だが、手をつないでいた俺はもちろんすぐに気づき、慌ててその体を支えようとした。
だが、突如発生した引力は思いのほか強く、徐々に美鈴の体は引っ張られ、最初に足先が外に出て、次にふくらはぎ部分まで、さらに太もも部分までが外に出てしまった。
もうこの時ばかりは恐怖なども忘れ、美鈴を助けるために美鈴の上半身を思いっきり抱え、足を踏ん張り、人生で一番だと思えるほどの力を出していたと思う。
だが、どれだけ頑張っても所詮人間の力だというかのように少しづつ美鈴はこの空間から外に出てしまう。
だが、とうとう下半身がほとんど出てしまうといったところで今まで続いていた吸引力がだんだんと小さくなり、ついにはなくなってしまった。
すぐに体を引っ張り上げ無事を確認すると美鈴は泣きながら抱き着いてきた。
「っ......ぅぅっ......」
ぽろぽろと涙を流す姿は今すぐにでも休んでもらいたいと思うが、この穴から早く離れておきたい。
力が抜けており座り込んでしまいそうになる美鈴の肩を支えながら少しづつ穴から離れる。
離れようとした。
今思えば美鈴を抱えてでももっと早く離れるべきだったのだろう。
もう何もないと思ってしまった俺はゆっくりその場を離れようとし......足場が崩れた。
地面を作っていた透明な板のような床は強度があまり高くなかったのかもしれない。俺が踏ん張っていた穴のふちの部分はもう限界だったのか、飴細工が割れるように崩れ落ちた。
美鈴を引き上げた後すぐにその場からどかなかった俺はその崩落にきれいに巻き込まれてしまった。
スローモーションになる世界で俺は手を伸ばすもそれは何もつかむことができず、落ちてゆく中で美鈴の表情が絶望へと変化していく様を見ているだけしかできることはなかった。
死にたくはなかった。
美鈴とも離れたくなかった。
あんな表情も見たくなかった。
何が何だかわかる間もなく漠然と俺は死ぬのかと思った。
泣きたかった。
何も考えたくなかった。
少しづつ美鈴は小さくなり、すぐに顔も判別できなくなった。あっという間に美鈴は見えなくなったが、魔法陣の光は少しの間ずっと見えていた。そしてそれすらも見えなくなったとき、俺は周りを見た。
発狂するかと思った。
壁はなくどこまでも何もない空間が続いているようにも見えるし、すぐそこでこの空間が終わっているようにも見えた。暖かく感じるし冷たくも感じる。ふわふわと無重力のようにも思えるし全身にとてつもないほどの圧力をかけられているようにも思えた。すべてが真っ白にも見えるし、真っ黒にも、真っ青にも、真っ赤にもどんな色にも見えた。
耐えきれずに目を固く閉じ、叫んだ。頭が壊れそうだった。割れたかと思った。
だが目を閉じたくらいでは何の意味もなかった。相も変わらず謎の感触はあるし瞼を突き破って光は感じてしまう。
その圧倒的情報量は俺を壊した。脳が処理しきれずに血を出している。肌は焼け爛れながらも凍傷になり溶けながら凍っている。体中の感覚器官も一瞬で焼き切れた。
そしてただの人間では処理しきれない情報を前に俺の意識は濁流に飲み込まれるようにして消えていった。




