少女に捧ぐ流れ星の祝福
冬の童話祭2022 応募作品です。
テーマは、流れ星
深い深い森の中、大きな木々に囲まれた小さな村がありました。
その村の奥の祠には、夜空を星ごと閉じ込めた様な、キラキラ光る丸い石が祀られていました。人々は『星の神』と呼び大事に大事にしていました。
時が経ち村から町に移り住む人が増えて、村人が減り、いつしか星の神は人々から忘れさられてしまいました。
今では、この祠に訪れるのは一人の少女だけです。
今日も少女は家の手伝いを終えると、この祠にやってきて祈りを捧げます。
その後、近くにある大きな切り株に座って今日あった事を楽しそうに話はじめます。嬉しかった事、楽しかった事、悲しかった事、寂しかった事……。
そうして、日が暮れる前に帰って行くのです。
ある日、いつものように少女が星の神に祈りを捧げていると、声が聞こえてきました。
『もうすぐ雨が降るよ、早くお帰り』
少女は驚いて辺りを見回しましたが、誰もいません。
不思議に思いながらも、空を見上げると夕陽の赤が混じった赤黒い雲が空一面に広がっていました。
少女は慌てて走り出し、家に入ると大粒の雨が降り出しました。
次の日、少女はまた祠に行きました。
あの声は、きっと星の神が雨を知らせてくれたのだと思い、少女はお礼にクッキーを焼いて来ていました。
「美味しそうだね」
突然後ろから声が聞こえました。
振り向くと、大きな切り株に、少年が座っていました。
黒い髪に金色の目をした、とても綺麗な男の子でした。
「あなたは誰?」
「僕はアスト、この森のずっと奥から来たんだ」
森の中は危険な魔獣が住んでいる、そんな森の奥にまだ村があったのかと少女は驚きました。
「ねぇ、セレこれ食べてもいい?」
「え?んー半分なら食べてもいいわ。あとは、星の神様にあげるの」
半分は白いお皿の上に置いて、星の神の祠に捧げて、もう半分はハンカチの上に置き、切り株に座って二人で食べました。
「美味しい!」
「よかった、最近お父さん忙しそうで、あまり食べてくれないから、美味しいって言ってもらえて嬉しいな」
少女……セレの父はこの村の村長で、若い働き手が減った村を維持していくのに忙しくて、毎日夜遅くまで仕事をしていました。
「お母さんは?」
「お母さんは、五年前高熱で……」
「そうか、五年前に……。だから一人で……」
この村には、数年に一度一人だけかかる奇病がありました。患えば数日高熱に襲われて助かる事はありません。
他の人に感染る病ではない。何の前触れもなく突然一人だけ発症するその様は、まるで悪魔の悪戯で生贄に選ばれてしまったような抗えない絶望と恐怖。それゆえに、その奇病は"悪魔の生贄"と呼ばれていました。
セレの母は"悪魔の生贄"を発症して、セレが九歳の時に帰らぬ人となりました。
この祠は母との思い出の場所でした。
毎日二人でお祈りした後、切り株に座って、母の焼いてくれたクッキーを食べながら、その日あった事をセレは母に話していたのです。
「ここで、毎日あった出来事を話していると、星の神様とお母さんが、聞いてくれているような気がするの」
「毎日聞いているよ」
「そうだといいな……」
その日から、セレが祠の前で祈りを捧げていると、アストが現れるようになりました。
二人で切り株に座って色んな話をします。
時々セレがクッキーを焼いて、アストが木の実を持って来て、おやつを食べて笑い合う。
とても楽しくて幸せな時間でした。
アストと出会って、半年が過ぎました。
今日も、二人は切り株に座って、仲良くクッキーを食べています。
明日は、セレの十五歳の誕生日です。いつものように、夕方祠の前で待ち合わせをして、一緒にお祝いしようと約束しました。
その日の夜、セレの父が突然高熱を出して倒れました。
最初は、日頃の疲れから熱が出たのだろうと、父は笑っていました。
けれど次第に顔が赤くなり吐く息は荒く、話す事もベットから起き上がる事もできなくなりました。
セレは、この症状を見た事がありました。"悪魔の生贄"五年前の母と同じ症状だったのです。
セレは、父の手を握りながら、祈り続けました。
(星の神様、お願いします。お父さんを助けて下さい。お父さんまで居なくなってしまったら……。私は……)
その時です。窓の外が光り輝き室内を煌々と照らしました。
セレは驚いて窓を開けて外を見ると、村全体が、森の木々が、見る物全てが、光り輝いていました。
その夢の様な光景を眺めていると、声が聞こえてきました。
『夜空を見上げてごらん』
声に導かれる様に夜空を見上げると、無数の星が瞬き、一つ、二つ、と地上に流れ落ちてきました。
まるで、地上の光に吸い込まれるように、いくつもの星が流れ落ちていきます。
そのうちの一つがセレの目の前で止まり光輝きました。
『流れ星の石を手に取って、祈りを捧げると、星の加護がもらえるよ、その石を持つと、幸せになれるよ』
セレは聞こえた声を信じて、目の前の光に手を伸ばし、両手で優しく包み込みました。
(お父さんが元気になりますように)
強く強く願いを、祈りを捧げました。
すると、手の中の石が暖かくなり、一瞬強く輝いて光が消えました。
そっと手を開いて見ると、そこには夜空を星ごと閉じ込めたような、キラキラした小さな丸い石がありました。
セレが父の手にその石を乗せると石の中の小さな星が瞬き、流れる星のように父の中に吸い込まれていきました。
すると、父の顔の赤みが消えて、スースーと規則正しい穏やかな寝息が聞こえてきました。
そして父の手の中の丸い石は、役目を終えたとばかりにヒビが入り、二つに割れてしまいました。
次の日の朝、父は昨日熱があったのが嘘のように元気になっていました。
セレは(きっと星の神様が助けてくれたんだ)と思い、祠にクッキーを持ってお礼をしに行きました。
「星の神様、昨日はありがとうございました。お父さんは元気になりました」
『よかった、今度は助ける事ができた』
セレが星の神に祈りを捧げていると、声が聞こえてきました。
辺りを見回すと、切り株にアストが座っていました。
「アスト?」
『セレ、五年前は、お母さんを助けてあげられなくて、ごめんね』
「アスト……」
『僕達は、人の祈りにより力を得るんだ。信仰が失われつつあった当時の僕には、何もできなかった』
「……」
『でも、この五年間、セレは毎日一生懸命僕に祈りを捧げてくれて、僕を信じてくれたから、この地に流れ星の祝福を与えて、流れ星を降らせ、綺麗な石を作ることができたよ』
「アストは……やっぱり、星の神様だったのね」
『気付いてた?』
「私の名前、私一度も名乗ってないなって、最近気づいたの……。だから、もしかしたら……って』
『セレのお母さんが毎日ここで、名前を呼んでいるのを聞いていたからね。ずっと昔から知っていたよ』
そう言って、アストは笑いました。
『セレ、よく聞いて、昨日この村や周囲の森に、流れ星の祝福を与えた。この村で生まれた子供達は、十五の年の誕生の日までに、流れ星を見る事ができたら、流れ星の加護が与えられる』
「流れ星の加護?」
『そう、セレはもう持っているよ。昨日綺麗な丸い石に、加護を付与しただろ?それでお父さんの病は治ったんだ』
「あれが?!」
『流れ星の加護を付与した、キレイな石を身につけていると、石は一度だけ、命の危機を肩代わりしてくれるんだ』
「一度だけ……だから石が割れていたのね」
アストはそれを肯定するように、一度頷いて、セレの前に立ちました。
『セレ、十五歳の誕生日おめでとう。これは僕からのプレゼントだよ』
そう言って、アストは丸くて綺麗な石を、セレに渡しました。石の中心には、一番星のように強く輝く光が見えます。
『これは星の石、流れ星の加護を持つ者の印に、僕がみんなに与えるよ。だけど、セレのは特別に、僕の加護も付けておいたからね』
「アスト……ありがとう」
セレの目に涙が溢れました。アストの姿は、徐々に森の木々に同化し、見えなくなっていました。
『セレ、泣かないで、僕は居なくなったりしないよ。ただ、力を使いすぎたから人の形を保てなくなっただけ。いつでも、いつまでも僕はここでセレを、この村の人々を見守っているから』
「また、祈り続けたら……会えるかな?」
『みんなが星の神を信じて、祈りを捧げてくれたら、早く力が戻るかもね。セレ……幸せに……なって……ね』
その言葉を最後に、アストの声は聞こえなくなりました。そして、祠に祀られていたキラキラ光る丸い石は、光が消えて二つに割れていました。
次の日、セレは流れ星の加護の話を、村の子供達に聞かせました。
あの日、流れ星を見ていた子供達は、みんな星の石を持っていました。
村のあちこちに落ちていた、アストが作った流れ星のキレイな石を全て集めて、みんなで流れ星の加護を付与していきました。
その中でも一番大きな石に、セレは強い願いを込めて加護を付与しました。
それを祠に祀り今日も願いを、祈りを捧げます。
(いつかまた、アストに会えますように)
以前投稿した『流れ星の箱庭』の起源のお話です。
流れ星の加護は、この二人から始まりました。
アストに再び会う為に"悪魔の生贄"に苦しむ人をこれ以上出さないように、セレは綺麗な石に加護を付与し続けて、村の子供達に星の神の信仰を広めていくのでした。