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■機械仕掛けの命未満

■機械仕掛けの命未満


 呪いと機械と血の通う肉。動く。話す。考える。

 全て同じなはずなのに、白い世界は境界を引く。

 命はいずこに宿るとするか。創造の女神は思考する。


***



 空狐の封印からしばらく。

 

 虚太郎は、新しい命として生まれ変わった……らしい。

 らしい。というのも、これといって劇的な変化を虚太郎本人は自覚できていなかった。


 未だ身体は呪いで出来ていて、味覚も痛覚も無ければ眠くもならず。殿様に焼かれた右眼は今もなお燃え続け、呪いを視ることも操ることも出来る。

 心は戻ったと言われたが、もとより自己表現が得意では無いほうで。喜怒哀楽や意思の自覚は多少出来るようになったものの言葉数は増えることなく、感情が表情に出ることも稀なまま。

 

 周囲の環境はといえば、常磐はまた元のようにアーキトルーペに常時張り付き、ミコは以前にもまして研究に熱を上げ自室に籠もることが多く。


 新しい命になって、何が変わったか? と言われると、黙って首を横に振るしかない。


 しいてひとつ変化を挙げるとすれば――閻魔がいなくなったこと。


 それだって、元々が(まみ)えるはずのなかった対の命。

 居ないほうが当たり前。時々存在を思い返すくらいでちょうど良いのだろう。

 

 そうして虚太郎は観測者の地でひとり、曖昧な時間感覚のなかで日々を過ごしている。


 そんな、ある時。


 唐突に部屋の扉がひらかれて、久しぶりにミコが顔を見せた。


「おーい虚太郎。ちょっと聞きたいことが。って、何これ!?」

「ミコさん。お久しぶりです」


 ミコが驚くのも無理は無い。虚太郎の部屋は今、そこかしこに積み上げられた紙の束が、薄茶けた山脈のように連なっていた。


「何してんの? 間違えて常磐の部屋に来ちゃったかと思ったよ」

「勉強をしていました」


 ミコの手伝いをするという名目でこの地に残った虚太郎。しかし肝心の手伝い方法が分からず。

 何か出来ることは無いかと一度たずねたときには、「何かあったらアタシから声かけるから、自由にしてて」と待機を言い渡されて。


 ゆえに虚太郎はいつか来るその日に備え、自分なりに出来ることを模索した。


 まず目をつけたのは、観測者の地に来た当初にミコから譲り受けた電子辞書。

 これには虚太郎が知らない物事が数多く収録されているものの、あくまでミコが生きていた現世のものに限られている。

 これから先、観測者の地に滞在するのであれば、この地特有の物体や事象についても知っておくべきだろう。


 となれば、常磐の蔵書が役に立つ。歴代の天狗達が書き記したと思われる多量の書からは、他ではお目にかかれない物事について知識を得ることができる。以前目にした、”意思をもつ時間”や”もぐら人参”が良い例だ。


 よって最近の虚太郎は、もっぱら常磐の蔵書を借りて読んでいる。


「ほえー。それでこれなの? 借りるにしても、もっとちょっとずつ読めば?」

「いえ、借りるのは一冊ずつにしています。ここにあるのは、書き写したものです」


 部屋を埋めつくす大小の紙山を指す虚太郎に、ミコは「えーっ」と目を丸くした。


「これ全部、書いたの!?」

「はい。万が一忘れてしまってもまた思い出せるよう、覚書を残しておこうかと。ここでは紙や墨はいくらでも創り出せるので、大変ありがたいです」

「いやいやいや、そういう問題じゃなくて。これじゃ窒息しちゃうでしょ。せめて押入れに入れるとかさぁ」


 呟きながらミコは押入れを開き、すでに隙間なく詰まった紙束を前に、静かにそっと目を閉じた。


「よし。虚太郎。私が良きものを差し上げましょう。ちょっと待っておるのじゃぞ」


 言うが早いか、ミコはその場で戻りの扉を創りだす。


「ミコさん、俺に聞きたいことがあったのでは?」

「んや、それはもういいや。今ちょっと閃いたから。また後で来るよ」

「承知しました」


 いつだってミコは嵐のようにやってきて、嵐のように去ってゆく。

 個々により体感時間が違うこの場所で”後で”と言われても、いかほど後になるのかは不確定。

 しばらくかかるかもしれぬ。と、虚太郎が借りてきた書に目を落とそうとした瞬間。意外なほどのはやさで、再び扉が現れた。

 

「お待たせ! 結構かかっちゃったね」

「いえ、全然。お早いお戻りで」


 ミコはむふふと堪えるように笑いながら虚太郎の前に立つ。そして何かを隠すように背に回していた両手を、「じゃじゃーん」と勢い良く前に出した。

 

「閻魔……?」

「どう? 驚いた?」

「はい」

「ん~! 相変わらず感動が薄いなあ」

「面目ない」


 ま、いいけどさ。とボヤくミコが差し出したもの。

 それは、手のひらほどの大きさの蜘蛛。消えてしまった閻魔にそっくりな、黒い塊。


「閻魔二号だよ! ほら、相棒とご対面だ」


 優しくつつかれた黒い蜘蛛は、くすぐったそうに狭角を小さく揺らす。その姿は、かつて時を共にした閻魔と同じ。

 驚くべきはそれだけではない。


『や、虚太郎』


 閻魔二号は飛び跳ねて虚太郎の肩へ。耳元をくすぐるその声までも、元の閻魔と相違なく。


「ミコさん、ついに命を創り出すことに成功したんですね」


 ミコの悲願がついに成就した。祝いの宴を準備すべきかと虚太郎が白米を思い浮かべた瞬間、


「いやぁ、それはまだだよ」


 ミコは笑顔のままで、ほんの少し眉を下げた。


「でも、この閻魔は生き物ですよね? 虫とはいえ、命なのでは?」

「いや。それ、機械だから」

「えっ」

 

 虚太郎は信じられない、と閻魔二号を手のひらに乗せる。

 前から見ても、横から見ても、上から見ても、ひっくり返しても。柔らかく細い毛で覆われた脚も、ぷっくらとした尻も。第一歩脚を持ち上げる姿も、頭胸部を傾げる姿も。

 角度、質感、動作。どれをとっても本物の蜘蛛のようだ。


「虚太郎が紙で窒息するんじゃないかと思ったから、創ってきたんだ。見ててね」


 そう言って、ミコは手近にあった紙を一枚取り上げ閻魔の前に掲げてみせる。


「閻魔、スキャンして保存。ファイル名は”もぐら人参”でお願い」

『お安い御用だよ』


 瞬間、蜘蛛特有の八つの眼が赤く光った。光は細い線となり、紙の上から下へ、刹那に走り抜けてゆく。

 

『終わったよ』

「ありがと。じゃあテストね。参照。もぐら人参、出力して」


 次にミコが持ち上げたのは、何も書かれていない紙。


『任せてよ』


 こたえた閻魔が虚太郎の手から飛び出して、ぴたりと紙に張り付いた。

 紙のうえを端から端へ、素早い動作で隙間なく駆け巡る。尻にある二本の細い突起から、細く黒い液体を糸のように出しながら。その様子は、まるで蜘蛛が巣を張るよう。

 閻魔が駆けた軌跡には、さきほどミコが掲げた紙とまったく同じ内容が刻まれてゆく。

 虚太郎が感嘆の息を短く吐くだけのあいだに、閻魔は精密な動きで終点へとたどり着いた。

 

『はい。完了』

「どう? コピー機能」


 便利でしょ。と手渡された二枚は、もはやどちらが元の紙だったか分からない。

 横に並べて見比べても、重ねて透かして見ても。墨溜まりの位置ひとつでさえもが完全に再現されていた。


「紙が分身しました」

「あは。それ忍者っぽい」

「つまり新しい閻魔は、書を読んで紙に写す機械、なのですか?」

「アタシ的に言うと、”データ化”かな。デジタルで残しておくほうが、部屋がスッキリするでしょ」


 ミコの説明によれば、虚太郎が黙々と繰り返した”書を読む”という作業を、機械の閻魔は瞬時にやってしまうらしい。しかも、読んだ内容はいつまでも記憶しておける。今のように紙に写すこともできるし、口頭での伝達も可能だと言う。


「いちどスキャンさえしておけば、必要なときに必要な内容を呼び出せるよ。何を記憶させたかは覚えておかないといけないけど、効率はだいぶ良くなるんじゃない?」

「電子辞書と同じようなものでしょうか」

「そうだね。あれは最初からデータが組み込まれてて追加はできないし、出力も出来ないけど。文字がデータで保存されてるって点ではまぁ似たようなものだと思って良いよ」


 電子辞書と似たような機能を持つのなら、なぜわざわざ生物の姿を模したのか。

 閻魔二号と名付けられた、あまりに精巧に創られた蜘蛛型の機械。虚太郎の手の上で(インク)の吹き出し口を掃除する様子は、毛づくろいをする”生き物”そのもの。


「二号には、汎用人工知能を組み込んであるの。今はまだ赤ちゃんみたいなもので、アタシが覚えてる限りの過去の閻魔の会話と思考パターン、それと一般的な蜘蛛の動作しかデータが無いんだけど。コミュニケーションを通して学習していくから、うまくいけばこれからもっと虚太郎と息の合う相棒になっていくよ」

「はぁ」

 

 まるで雲をつかむような話に、虚太郎の口から漏れ出るのは気の抜けた返事。

 つまりこの小さな機械は、物事を理解し、学習し、思考し、会話をし、個性を持つのだという。

 感心に次ぐ感心。そのなかで、ふと湧き上がる疑問がひとつ。


「それは一体、命と何が違うんですか?」


「うーん。それなんだけど、多分、魂が入ってない」


 ミコは眉間にしわを寄せ、「あくまで”この地の話”として聞いてね」と念を押してから、


「今アタシが考えてる、この地が定める”命”の条件。それは身体と心と魂。多分、他にも条件はあるんだろうけど……とりあえずこのみっつが揃ったものは、未だ創れた試しが無いの。正確には、”創ってもすぐに消えてしまう”。アタシは、魂が原因だと思ってる」


 観測者の地では、強く願いさえすればほとんどの物を創り出すことができる。その条件のひとつは”知っていること”。

 ゆえに、最初にミコから電子辞書をもらいうけたのだと虚太郎は思い出す。知らないものを創ることはできないから、知識を蓄えることが役に立つと。


「魂とは、何なのですか?」

「それが分からない」


 だから創ることができない、とミコは視線を落とす。

 

「肉体は分かるよね? 外見を形作るもの。これの素材は何だっていいはずだよ。虚太郎だって呪いだし」

「そうですね」

「次に心。これは目に見えないもので、定義は曖昧。だからアタシの仮定を話すけど、心っていうのは知識・感情・意識を司るものじゃないかと思うの。脳の役割を果たすものがあれば良い」

「肉体があって、感情や意識がある。閻魔二号はその状態ということですね」


 ふたりが視線を向ける先。

 そこにあるのは、”命”と同じ姿をした、”命でないもの”。


「そして魂。ここがふんわりした理解だから、肉体に定着させて存在を固定することができないのかもしれない」

「難しいですね」

「理解できなくてもいいけど、実際に見たでしょ? 前に一回、魚の命を創ったときのこと」


 虚太郎がこの地へ来てすぐのこと。ミコが創り出した小さな命は、生まれたそばから砂のように霧散した。


「でもね、創れないなら、すでにあるものを使えば良いんじゃん? 魂が欠けたものなら創れちゃうわけだから、肉体と心だけ創って、どっかから魂を持ってきて入れちゃえばいい」


 まるで「ちょっと山へ芝刈りに」程度の当たり前のような軽快さでミコは言う。


「虚太郎、付喪神って知ってる?」

「はい。道具が百年の年月を経ると魂が宿るという」

「そう、それ。じゃあ、閻魔二号に魂が宿ればどうなる?」


 続く声が、ふいに真剣なものへと変わり。



「今は命じゃなくても、これが命にならないとは誰が言い切れる?」



 場に満ちる静寂。

 虚太郎はもちろんのこと、閻魔にも答えられるはずが無く。

 もしも常盤が居たら、何と返しただろうか。馬鹿馬鹿しいと一笑に付してしまうのか、それとも。


 常盤曰く。

 死によって消失した魂は、次の命の順番を待つ。


 ならば付喪神として宿る魂があってもおかしくは無い。決められた定めによって命となるのなら、理を歪めることもないはずだ。


 加えて。

 喰む者達や空狐のような妖怪によって失われた魂を呼び戻し、器を与えることができるなら。

 減ってしまった現世の命の量を、戻すことができるとしたら。


「ここでは時間の感覚が曖昧です。魂が宿るまでの百年という時がどれほどのものなのか、想像がつきません」

「時間が体感なんだもんなー。でも逆に考えれば、一瞬後の可能性だってあるわけよ!」

「はい。もしも魂が宿るなら。そんな希望があるとすれば、素晴らしいと思います」

「だよね! やってみなきゃ分かんない。それにさ、たとえこの子が命じゃなかったとしても、アタシにとっては可愛い我が子。虚太郎にとっても、頼れる相棒になってくれたら良いなって思ってるよ」


『これからよろしく!』


 虚太郎の手の上で飛び跳ねるのは、今はまだ命未満の、可能性を秘めた機械。「こちらこそよろしく」と虚太郎がお辞儀をすると、閻魔も合わせて頭を傾かせた。


「あはは。同じ動きしてる。もう息ぴったりじゃん。大事にしてあげてね。いずれどこかで器を失った魂が、この子に宿りたくなっちゃうくらいにさ」


 ぐっと親指を立てるミコ。

 虚太郎は閻魔を肩に乗せ、


「はい。もちろんです」


 と、今日一番の力強さで約束の頷きを返した。


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