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■むかしばなし:二

■むかしばなし:二


 回る歯車、キリキリと。

 劫波(永遠)から響く贖罪の音。

 永久に続く渇望を抱える、彼の者の名はアイオーン。


***



 昔々、遥か昔。

 この何もない空間が、観測者の地と呼ばれる前。

 まだ”劫波(かるぱ)”と呼ばれていた頃の事。


 劫波には、ひとりの天狗が住んでいた。

 人とは違う時間のなかでゆっくりと世代を変えながら、永く永く、しかし限りある時を生きる者達。


 この天狗の役目は、”観測”と”記録”。

 アーキトルーペと呼ばれる望遠鏡で、あらゆる時代と事象を覗き、その詳細を記録する。


 新たな天狗が生まれれば、古い天狗は消えてゆく。記録だけが永遠に、世代を越えて受け継がれてゆく。


 ある時、老いた天狗が恋をした。

 アーキトルーペで覗いた先。そこに映っていた人間に、一目で心を持ち去られてしまったのだ。


 しかし、天狗の掟は不干渉。

 あくまで役目は”観測”と”記録”。何が起ころうと、人の世に手を出してはならない。

 さもなくば未来が枝分かれして、観測結果が変わってしまう。


 仕方なく天狗は涙を飲んで、毎日アーキトルーペを覗く日々。

 それ以来ずっと、天狗の金眼がうつすのは、黒い髪、黒い瞳の美しい女ただひとり。

 これでは観測も記録も出来やしない。気づいた天狗はついにいてもたってもいられなくなり、すぐに現世へ飛び立った。どうせ役目を果たせないなら、掟破りも構わない。

 

 女は最初、たいそう驚いた。

 背中に大きな翼が生えたあからさまに人ではない者に突然迫られる求婚。腰を抜かさぬほうがおかしい。気を失わぬだけマシだろう。


 もちろん女は丁寧に求婚を断った。

 それでも天狗は諦めない。来る日も来る日も女の前に現れ、ある時は花を、ある時は食物を、あるときは金品を。

 毎日供物と愛の言葉を届けにやってきた。


 女が生きる世では、天狗は神様だ。災害を起こし贄を要求しても良し、こっそりと神隠しをしても良し。あらゆる暴力が許されるにもかかわらず、この天狗はただ毎日愛を伝えるだけ。

 力を行使しない天狗の態度に、次第に女の心も傾いてゆく。

 そしてついに女は根負けし、天狗の求婚を受け入れた。


 しばらくの間、ふたりは女の村で仲睦まじく暮らした。天狗は時々劫波に帰って仕事をこなすが、天狗が劫波で数十年以上の時を過ごしても、女にとってはほんの数分の出来事。

 劫波は人の世とは時間の流れが違う。劫波の一瞬が人の世の数百年に及ぶこともあれば、劫波の数千年が人の世の数秒になることもある。

 

 そのうちに、ふたりはめでたく子を授かった。

 子の髪は白、瞳は金。天狗の子は、これまた天狗。

 いずれ劫波にて天狗の役目を継ぐことになる。

 

 子天狗が言葉を覚え始めると、父天狗は早速、天狗としての知識を教えることにした。まず大事なのは劫波の存在。そしてそこへ至る道、天狗道。

 

 天狗道は一度訪れたことのある場所同士を繋ぐもの。

 劫波と現世を行き来するには、一度は境界線を越えなければならない。

 天狗は子の万華鏡を作り、一緒に境界線を越えた。どうせ一度しか通らぬ道。その危険性を教えることはせずに。

 

 そうして劫波へたどり着いてから、天狗の役目についてを説いた。


 その日以来、天狗は劫波へ行くたびに子を連れてゆき、法術、アーキトルーペの使い方、翼の出し入れの方法、世の理についてや、妖怪について、呪具の作り方など、あらゆる知識を話して聞かせた。

 いずれは立派な天狗になれるよう。自身が消えた後も、記録が途絶えることが無いように。


 その志なかばの頃、事件は起きた。


 三人が暮らす村の近くで、大きな戦が起きたのだ。


 戦火は村にも訪れた。

 敵の軍勢が村を蹂躙し、次々と家屋や人が焼けてゆく。


 老いて力が弱まっていた天狗は、それでもなんとか妻と子だけは逃がそうとした。

 お前達はどこか安全なところへ、と言い残し、一人で軍勢に立ち向かう。

 

 涙を浮かべその背を見送った妻と子天狗は、村を離れ、昼も夜も、身を潜める場所を探し彷徨った。


 幾日も逃げ惑い、精魂尽き果てかけたある日のこと。

 子天狗の頭に、ふいに妙案が浮かぶ。


 劫波へ行けば安全だ。


 子天狗は母へ自分の万華鏡を渡し、自分は天狗道を使って劫波へ行けば良いと考えた。

 父と一緒に手をつないで一度通っただけの境界線。人間がひとりでそこを越える真の意味を、子天狗は知らなかったのだ。

 

 子天狗は思いついたままに案を実行し、劫波で母の到着を待つ。


 だが、その瞬間は永遠に訪れない。


 しばらくして父が劫波へやってきたとき、子天狗は自分がしたことの重さを知った。


 もう戻らない母。失った万華鏡。歪んでしまった理。消えてしまった対の命。心が欠ける苦しみ。永遠に終わらない渇望。満たされることのない餓え。

 

 やがて命が尽きた父が消え、正式に天狗の役目を継いだ子天狗は、贖罪のために生きることを決意する。


 もう二度と、理が歪むことのないように。


 こうして劫波は”観測者の地”に名前を変える。

 天狗の役目は”観測”と”世の理を守る”こと。


 天狗の掟は捨て去られ、劫波の性質は移りゆく。



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