■むかしばなし
■むかしばなし
厄災と呼ばれた男の話。
***
昔、あるところに、とある殿様がおったそうな。
天下の太平を夢見た殿様は、領国を広げ国民を食わすため、あらゆる他国へ攻めいった。
殿様の通ったあとに残るのは、辛うじての生にしがみつく亡骸のような人々か、はたまた本物の亡骸のみ。
殿様には、忠実な下人がひとり居た。
何の褒美も与えられずとも、ひとつの不満も漏らすことなく、黙ってつき従っておった。
いかな困難も、いかな理不尽な命も。どんな無理難題を命じられようと、必ず果たして帰る鬼のような男。命を下すのは殿様、手を下すのはいつもその者。いつしか男の姿は風の噂で方々轟き、厄災と呼ばれて恐れられるようになったという。
しかし、男も人の子。決して、心穏やかに従い続けていたわけではなく。焼き討ち、人取り、御成敗。ひとつ命を奪えば、ひとつ自らの心を殺す。そうして、全ての業を、たったひとりで背負い続けていた。
厄災は厄災らしく。
次第に男の顔からは表情が消え、心は空虚で満ちていった。
ある日。
殿様は男に、またひとつ村を焼けと命を出した。
その村とは、男が生まれた村だった。
「忠義に厚く仕えれば、お前の故郷には攻め入らぬ」
殿様のその言葉を信じ、甘んじて厄災として生きてきたのに。
殿様の命を聞き、男のなかにほんのわずか残っていた心が、それだけはできぬと悲鳴をあげる。
約束が違う、と、男は初めて殿様に拒絶を示した。
その途端。
殿様はしてやったりと大きく笑い、「ならば貴様はもう要らぬ」とのたまった。
殿様は、その実、男に恐れをなしておったのだ。最初こそ男の働きに至極満悦であったが、何事も黙って遂行する男の心が読めぬと猜疑心を抱きはじめ、いつしか疑心暗鬼に陥り。ついに、体よく斬り捨る口実を探して、男を罠にかけたのだった。
こうして男はたちまちのうちに拘束され、謀反人として手酷い拷問の後に成敗されることとなった。
爪を剥がされ、骨を折られ、四肢を奪われ、臓器を抉られ。最後に右眼を焼かれるときには、男はもはや全てを諦め、抵抗もしなかった。
男の身体と同時、わずかに残った心も死んだ。
そうして、いたぶられ絶命した男の遺体は、無残な姿のまま故郷から遠く離れた山奥へ捨てられた。
遺体は朽ちて骨となり、未だ乱雑に山の奥に転がっているという。
誰にも知られることのないままに。