■対
■対
生まれれば死に、死ねば生まれる。
ふたつは必ず同時に起こる。
対の命は背中合わせ、定める反転を繰り返す。
***
「……え?」
勢い余って転びそうになり、踏みとどまったミコの前。
そこに虚太郎はたしかに立っているにも関わらず。
触れられない。何度手を伸ばしても。
徐々に虚太郎の身体が透けてゆく。存在感が希薄になり、目は虚ろいで。表情も言葉もなく、蜃気楼のようにぼんやりと歪んだ像へ変わりゆく。
「あれ? どういう……こと……?」
ミコは説明を求めて常磐を見る。
「空狐の封印に虚太郎の身体を使った。そこにあるのは魂の残りカス。虚太郎は、死んだ」
「えっ……嘘でしょ……? ねえ、冗談だよね?」
縋り付いて問うミコに、常磐は目を伏せて首を横に振るだけ。
「なんで!? え、それは、ちょっと……ていうか、かなり! 常磐さんひどくない!?」
「それしか方法が無かったのだ」
「それでも……何かあるでしょ! 虚太郎を犠牲にしなくたって何か……だってそんな……せっかく仲良くなってきたのに」
ミコの視界に映る虚太郎が、より一層歪んでゆく。水のなかの景色のように、光のなかで揺れる黒い姿。
「そうだ、もう一回……もう一回虚太郎に呪いを入れてあげようよ! なんとかしてこのまま現世へ連れてって、呪いを探して、そこで常磐の術でさ」
「それは無理だ。これはただの抜け殻。これに呪いを入れたとて、それはもう虚太郎ではない。虚太郎の存在を留めるものが、もう残っておらんのだ」
「それなら! それならここに、虚太郎の万華鏡が!」
希望がある。
ミコはパッと明るさを取り戻し、ポケットから虚太郎の万華鏡を取り出すが、
「あっ、そ、そんな……」
ミコの両の手のひらの上で、万華鏡が解けてゆく。さらさらと砂のように。
「万華響の消失は、正しい死を迎えた証。喜んで見送ってやるべきだ」
「常磐ってば冷たいよ! どうしてそんなに落ち着いていられるの!」
「うるさい!」
これまでに聞いたことがないような声量で常磐に怒鳴られ、ミコはびくりと肩を震わせた。
「わしだって平気ではない。責任は感じておるのだ。世の理を正すためとはいえ、このやり方が本当に正しかったのかどうか。だが虚太郎本人がこの死を受け入れた。ミコ、お前を守るために。わしの役目を助けるために。その気持ちを無駄にはできん」
もはや輪郭くらいしか分からないほどに消えかかった虚太郎の前で、ミコは膝をつき嗚咽を漏らす。
もう一度触れようと伸ばした手はやはり空を切って、力なく膝を叩いた。
「うっ、うぅ」
「だいたいお前は、永遠がほしいのではなかったか? ならば親しい者との別れなど覚悟の上だろう。まさか生半可に永遠を欲していたわけではあるまい」
「違うよ! 全然違う。アタシがほしいのは、ひとりだけの永遠じゃない。みんなの永遠だもん」
「終わりがあるほうが幸せだということがなぜ分からんのだ!」
永遠を痛いほど経験し、それでも逃れられない常磐と、幸福な永遠を夢見続けてきたミコ。ふたりの思想は相容れない。
激しく言い合うふたりはもはや一触即発。
どこまでも平行線な話にしびれを切らしたミコが、ついに常磐に殴りかかろうと立ち上がったとき。
横からおずおずと進み出る小さきものがひとつ。
『あのー。お取り込み中に悪いんだけどさ。僕から提案がひとつ』
「何!?」
「何だ!?」
怒号とともにふたりから向けられた視線に戸惑いながら、虚太郎と同じく消えかかった閻魔は小さく触肢をあげた。
『心と呪いがあれば虚太郎をもう一度呼び戻せるんでしょ? だったら僕を使えばいいんじゃない? だってほら、僕って虚太郎の心と呪いが合わさって出来たものだしさ。やるなら急いだほうがいいと思うけど。僕ももう消えかかってるし』
「そんなこと、できるの……?」
ミコが涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を拭いもせずに問えば、常磐は「ふむ……」と少し考え込んで、
「出来ないことは無い」
と、ぽつりと答えた。
閻魔はもともと、虚太郎が持っていた余剰の命。
言うなれば、生と死が虚太郎と対になるもの。
閻魔が今消えかかっているのは、虚太郎の死によって、閻魔が現世に”次の生”を受けようとしているからだ。
ならばその生死を反転すれば、虚太郎に生を与えることはできる。
世の理である命の総量を変えることなく。
『別に生まれる順番が一回遅れるだけなら構わないし、これが一番良い方法だと思うよ。さ、早くやっちゃって』
閻魔が虚太郎の横へ移動すると、常磐もすぐに、
「承知した」
と、反転の経を唱え始める。
流れについていけないのは、ミコだ。
派手に号泣し、常磐に八つ当たりまでしたというのに、あっさりと解決法が見つかってしまいあっけにとられて立ち尽くす。
「えっ、ほんとに? それでいいの? 閻魔が死んじゃうんだよ? ていうか、虚太郎を見送ってやれとか言ってたのに常磐ってば手のひら返し?」
「ええい、静かにせい! 黙って待っておれ」
「あっ、ハイ……」
『ふふ。ミコさんは面白いや』
閻魔は楽しげにクスクスと笑う。これから死を迎えるにしては、あまりにも悲壮感無く。言葉にせずとも、閻魔が死を受け入れていることが、ミコにも伝わった。
せめてもの感謝を込めて、ミコも精一杯の笑顔をつくり閻魔へと向ける。涙は止まらなくとも、せめて最後に見せる顔は楽しいものでありたいと。
経が進むごとに光を帯びる常磐の身体。その光に照らされて、徐々に濃くなる虚太郎の黒。
虚太郎の輪郭がはっきりと見えはじめ、存在感が増してゆくと、逆に閻魔が薄れてゆく。
やがてふたりの濃淡が反転し、閻魔の存在が完全に消え去ったとき。
「あれ? 俺は死んだのでは?」
虚太郎が、戻ってきた。




