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■魂を喰う狐(5)


 観測者の地。

 ミコの部屋へ駆け込んですぐ、虚太郎の背にゾワリと言い知れぬ悪寒が走った。

 

 視界に映るのは、見知らぬ女性と、その前で膝をつく常盤の姿。

 女性の背後には豊満な尻尾が九つ。話に聞いていた空孤の完全体と同じ特徴。


 危険だ。


「常盤さんッ!」


 警笛のような耳鳴りを感じ、虚太郎は叫びながら飛んで二人の間に割って入る。


「常盤さん、しっかり」


 虚太郎はいつでも動けるよう、空孤に向けて妖刃(ナイフ)を構えたまま。視線を外せない虚太郎に代わり、閻魔が常盤の額へと全力で体当たり。


『常盤さん!』

「虚太郎……? しまった、妖術……!」


 衝撃で意識を取り戻したようで、常盤はハッと息を飲み、急いで錫杖を握り直し立ち上がった。


「すまん。手間をかけた」

「いえ」

「あーあ、術が解けちまった」


 女性の姿の空孤はつまらなさそうに呟くと、予備動作無く後ろに跳躍。

 虚太郎と常磐から距離を取ったかと思うと、大きく腕を横に振る。

 瞬間、斬撃のような風圧が一閃。部屋の角にある棚が真っ二つに裂かれ、ずるりと上部がずれ落ちた。


「ひょああ!」


 棚の後ろに隠れていたミコが悲鳴をあげる。斬撃は頭頂すれすれを飛んだらしい。はらりと数本、髪が舞う。


「ミコさんはどこか現世にでも逃げて」

「いや、それは無駄だ。ヤツの狙いはミコなのだ。ミコが逃げれば、ヤツはすぐにミコを追う。むしろ目の届くところに居てもらわねば」


 虚太郎の言葉を遮って常磐が告げれば、空孤は含み笑いで頷いた。

 

「そうそう。天狗ちゃんはよぉく分かってるみたいだね。三人まとめてすぐに楽にしてあげるよ」


 空孤は尻尾を広げ、狙いを定めるように毛先をミコに向ける。

 しかし、


「そうはいかん」


 と常磐がミコに向かって紙の札を三枚飛ばした。

 

 空孤の尻尾から空気の圧が飛ぶのと常磐が札を飛ばしたのはほぼ同時。

 それぞれがミコに届く間際、空気の圧と札が一枚ぶつかりあい、パンと弾け飛ぶ。

 残った二枚の札が無事にミコの元に届いたのを確認し、常磐は声を張り上げた。


「ミコ、その護符でしばらく耐えろ!」

「えっ、えっ」


 常磐からの雑な指示に、ミコは四つん這いで右往左往。式の魚も慌てたようにくるくると舞う。


 法力も妖刃も持たぬミコにはあまりに荷が重いように思え、虚太郎は常磐に詰め寄った。


「常磐さん、一体何を」

「ああ見えてミコは頭が良い。体感で数十秒程度ならうまくやれる。大丈夫だ」


 常磐にもよほど余裕が無いのだろう。『常磐さん、なんかいろいろと雑になってない!?』という閻魔に、「自覚はあるから黙って聞け」と有無を言わさぬ形相が返される。


「虚太郎、お前も知っての通り、空孤は殺しても死なん」

「はい。封印するしか無いんですよね」

「そうだ。そして封印に必要なのは、経を唱える時間と、ヤツを閉じ込めるための多量の呪い。今ここには、どちらも無い」


 常磐の顔が、これまで見たことのないほど苦々しげに歪む。

 その表情で、常磐が言おうとしていることが何なのか、虚太郎は理解した。


 言わせてしまえば、常磐は責任を感じるだろう。

 だからこそ、虚太郎は先んじて言葉を継いだ。


「あります。時間と呪い。俺を使ってください。俺が時間を稼ぎます。そのあいだに常磐さんが経を唱えてください。呪いだって、俺の身体を使えばいい」


「わしもそれしかないと思っていた。しかし……」


 虚太郎の身体を使えば、虚太郎は存在を維持できなくなり消える。この作戦は、虚太郎にとっては死の宣告だ。

 人に死を与え続けてきた虚太郎には、常磐の躊躇が痛いほどによく分かる。


「俺はむしろ、嬉しいです。短い間だったけど、常磐さんとミコさんと過ごすのは”楽しい”と思いました。よみがえらせてもらえなかったら、こんな感情は経験出来なかったと思います」


 生前のことを思い出し、虚太郎は目を伏せる。


「俺は命を奪うことしかしてきませんでした。村を守ってると言い訳で正当化して、何も感じないようにして逃げてきた。でも、だから。常磐さんやミコさんを見て、今度は奪うんじゃなく与えられるように。人の役にたってみたいと思ったんです」


 だからこれが正解です、と。虚太郎は精一杯笑顔を作って顔をあげる。

 観測者の地に来てから、覚えている限りでは初めて作った顔。うまく出来ているかどうか、自信は無い。それでも。


「ちょうど、良い呪いとして何かをしたいと思っていました。呪いの身であることが役に立つのなら、本望です」


 虚太郎が力強くうなずくと、常磐は複雑な表情で一言、


「すまん」


 と呟いた。


 ふたりが話し合う裏側では、部屋を創り変えながら必死で逃げ続けるミコと追いかける空孤の攻防の音がドカンバキンと響き続けている。


「では、これで決まりです」


 虚太郎は素早く身を翻すと、空孤目掛けて強く地を蹴った。

 



「そ、そろそろ限界だよー」


 部屋の壁際で、ミコは涙目で両手をあげた。

 常磐から渡された護符は二枚ともはじけとんでいて、無残に床に散らばっている。もう後がない。


 ミコを追い詰めた空孤は、小動物にじゃれる猫のよう。楽し気な笑顔でふわりと宙に浮く。

 天井付近からミコを見下ろして、空孤は指を一本立てた。指は”どうしようかな”と嘲るように揺れ動き、ミコを指し示して止まると。


 パン。


 何かが軽く弾ける音がして、空孤の指先から圧が飛ぶ。


「ミコさん、今行きます!」


 虚太郎はふたりの間に割り込み咄嗟に呪いで壁を作るも、圧は壁を貫通し虚太郎の頬を掠めて消えた。

 

「くっ」


 現世で戦った不完全な空孤にすら、尻尾の一振りで消されてしまった呪いの壁。

 今度は負けぬよう厚めに作ったはずなのに、いともたやすく貫通されて、虚太郎は歯を食いしばる。

 やはりまともに戦うのは難しい。どうにかして動きを止める方法が必要だ。


 一方、ここに来てはじめて空孤の表情にも焦りが現れた。


「お前……呪い使いか」


 常磐が虚太郎を呼び戻した真意に気付いたらしく、空狐はチッと舌打ちする。


 不死身である空孤には、恐れるものはほとんどない。

 唯一相性が悪いのは、封印される危険性のある、呪い。

 

 空孤はこの場所に呪いが無いという前提で動いていたのだろう。

 虚太郎のちからに気づいた今、余興を楽しむ余裕は無くなったと見える。


 空狐の顔から、笑みが消えた。


「まずはお前から消さねばいけないようだね」


 虚太郎に向けられた空狐の指先から、パンパンと次々に圧が放たれる。虚太郎は防壁を次第に厚くしながらミコと離れるように前転。妖刃(ナイフ)を握る手に力を込めて空孤の隙を待つ。


 と、その時、空孤の後ろで竜巻が立ち、まっすぐに空孤へと向かうのが見えた。

 常磐の術だ。

 封印の経を唱えながら、器用に錫杖で宙に文様を描いて術を繰り出している。


 空孤は虚太郎から視線を外し、向かってくる竜巻を消し去ろうと尻尾を揺らす。


 空狐の意識が逸れた一瞬。

 その隙を見逃さず、虚太郎は呪いの影を足場にして跳躍。空孤の側面に迫り、妖刃(ナイフ)で首を狙う。


「ちょこまかと」


 妖刃(ナイフ)を握る虚太郎の手が、怒りを顕にした空狐に掴まれ止められた。

 やはり刃は空狐には届かない。ならばと虚太郎は刃に呪いを滑らせ刀身を覆い、刃の長さを伸ばす。


「無駄だよ」


 虚太郎を掴んで宙吊りにしている空狐の腕。その逆の腕が、螺旋を描くように太く長く变化してゆく。

 腕は虚太郎の胴の半分ほどの太さまで膨れると、鋭い風を纏ってゆく。


「おとなしくしてな」


 回転する刃のようになった腕。

 振り上げられたそれが、容赦なく虚太郎の腹を突き刺した。


「おとなしくするのはお前だ」


 瞬間、虚太郎は全力で呪いを身体から開放。

 虚太郎を貫いた空狐の腕に、黒い闇が這ってゆく。波打つ触手のような呪いが、絡め取るように空狐の腕を登る。


「何だお前は!? 身を貫かれて、なぜそんなに落ち着いていられる!?」

「俺は呪い使いじゃない。呪いそのもの。痛みは感じない」


『自分から捕まりに来るなんて、迂闊だね』


 淡く光って経を唱える常磐の隣で、閻魔が小さく跳ねた。


「くそっ」


 なんとか呪いから逃れようと、空狐は尻尾を振り乱す。巻き起こる風が虚太郎を切り刻むも、どれだけ斬られても風による傷は呪いによってみるみるうちに修復されてゆく。虚太郎が空狐を離すことは決して無い。


 そしてついに、その時がやってきた。


 常磐の身体から放たれる光が強くなる。

 経が、終わる。


「虚太郎、”空狐を封じる”と強く誓え。呪いの意志を強く刻め。それが檻となる」

「わかりました」

「くそっ、こんなはz」


 空狐を覆う闇の量が増える。喉元まで迫った呪いはまたたく間に空狐の口を塞ぎ、そのまま頭頂まで一気に黒へ。

 空狐の全身を完全に覆いきった呪いは大きく炎のように燃え上がると、編むように質量を圧縮してゆく。


 常磐が経の最後の一言を紡ぎ終わったとき。

 小さく黒い箱がカランと音を立て、床に落ちた。


『終わったの?』

「やったね! 常磐、虚太郎!」


 物陰に隠れていたミコが大きく声をあげ、虚太郎の元へ駆ける。

 事態の収束を祝って肩を叩こうと振りかぶったものの。


 その手は、空を切った。

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