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■魂を喰う狐(4)



 虚太郎とミコが戻るまで、耐えしのぐことができるかどうか。

 常磐は強く錫杖を握り直し、空孤と真正面から対峙する。


「応援を呼びに行かせたのかい。涙ぐましい努力は認めてあげるけど、無駄だよ。来る前に終わらせてしまうからね」

「わしをただの天狗と侮るなよ」


 見透かされる前提で虚勢を張りながら、常盤はごくりと喉を鳴らす。


 先に動いたのは、空孤。

 尻尾で起こす風は打ち消されると分かり、その身ごと常盤へ距離を詰める。

 長く鋭い爪が一瞬にして常盤の喉元へ。

 あわや突き刺さるかという間際。常盤の身体が淡く光を纏うと、空孤の爪は光の膜に覆われ鋭さを失い静止。


 变化(へんげ)により常盤と同じ姿の空孤と、本物の常盤。片や尻尾付き、片や発光中。同じ顔をしていてもまったく別の存在のふたりが、息のかかる距離でにらみ合う。


「姿は似せられても、法力までは真似られんだろう」

「そんなもの真似せずとも、天狗の一匹や二匹、軽く捻ってしまえるよ」


 余裕を見せつけるように、常盤の頬を指でなぞり上げる空孤。その指がピタ、と、何かに気づいたように止まった。

 空孤は常盤の首元に顔を寄せ、スンと鼻を鳴らす。


「それにしてもお前の魂はずいぶん古くて不味そうな匂いがするね。密度はあっても鮮度が無い」


 瞬間、常盤の眉間に皺が寄るのを見て、空孤の顔にいやらしい笑みが浮かぶ。

 心を読んで事情を知ったか、空孤は「なるほど」と目を細め、


「あぁ、お前は……死ねんのだな。心の欠片を失って、天狗ゆえ喰む者に堕ちも出来ず。理性のあるまま、永遠の渇望を抱え続けているわけだ」


 空孤の尻尾がゆるりと(なび)き、周囲に漂い始める心地よい毒の香り。甘く甘く、ゆっくりと侵蝕する毒。


「かわいそうにね」


 常盤と同じ顔をした空孤が、「永遠の餓えはそりゃあ苦しいさね」と、哀しげに目を伏せる。


 空孤は。

 境界線で苦しみ続ける”喰む者”の代わりに産まれる妖怪。死ねぬ魂の反作用。満たされることのない永遠の餓えを、不死の身に抱える妖怪。


「お前の気持ちはよぉく分かるよ」

「お前に何が分かる。わしは餓えたからと言って、他人の魂を喰おうとは思わん」


「そうかい? でも他人で餓えを満たしてるのは同じだろう? 本来の領分から逸脱してまで、自分が出来んことを代わりに他人にやらせてさ。私と何も変わらんでしょうに」

「それは……」


 何も言い返せず、常盤は口を噤む。

 空孤が本当に口にした通りに考えているかは分からない。ただ心を読み、後ろめたく思っている部分をつついているだけかもしれない。


 頭ではそう理解していても、図星が常磐の心を抉る。

 

 心を失っていた虚太郎に、万華鏡(心の欠片)を失っていた自分を重ねたのは事実。虚太郎が徐々に心を取り戻していく様子を心地よく感じていたのもまた事実。


 常盤には絶対に出来ない”自由に生きた先に望む死”。常磐はそれを虚太郎に求めた。


 だが。


 虚太郎もそれを望んでいたか? 押し付けていたのではなかったか?


 そもそも、世の理を守ることを、一体誰が望んだか?

 本当にそれは正しいか?

 

「もう疲れているんだろう? それなら役目なんぞ棄てて、永遠に眠ってしまえばいい」


 空孤から囁かれるのは、常盤にとっての最上の甘言。

 

 いっそ全てから逃げてしまえればどれだけ良いか。

 終わりの見えない役目を続けてゆくことは、途方もなく疲弊する。どれだけ働けど許されることのない贖罪。贖罪のために重ねる犠牲。報われぬことが初めから決定されている永遠。たったひとつの過ちで、永遠と永劫を絶対的に切り離した過去。


「私ならお前を眠らせてやれる」


 優しい毒が常盤を包み、温かい微睡みへと誘い込む。

 足元から侵蝕する毒に思考を奪われ、常盤はその場にガクリと膝をついた。


 短く呼吸を繰り返し俯く常盤の前で、空孤の姿が少しずつ変わってゆく。

 癖のある白い髪はだんだんと黒くまっすぐに染まり、金の瞳は黒く丸いつぶらなものに。骨格が一回り小さくなり、手足は細く、柔らかな肉が付き。

 ひとりの女性へと姿を変えた空孤は、慈愛に満ちた表情で常盤の頭を撫でる。


「お前はもうじゅうぶん働いた。そろそろ休んでも良いころじゃ」


 耳元で囁かれる誘惑。

 聞き覚えのある声にふと顔をあげ、常盤は息を呑み目を見開いた。


「母さん……」



*



「虚太郎!」


 聞き覚えのある声にふと顔をあげ、虚太郎は安堵の息を吐いた。


「ミコさん。会えて良かったです。俺の万華鏡がなぜか消えてしまって」


 虚太郎はしゃがんで足元の土を拾い上げ、「このあたりの土が俺の万華鏡だった土です」と掲げて見せる。


「ごめん今その真面目ギャグに笑ってる暇ない! 常盤が危ないの」

「いえ、冗談では」


 ミコは土ごと虚太郎の手をとり、勢いそのまますぐそばにある境界線の文様へ。


「あの、俺、万華鏡が無くて境界線へ行けな」

「虚太郎の万華鏡はアタシが持ってるから! 目を閉じて! 説明は道中でするよ!」


 はい、と虚太郎が返事をし終わるよりも早く。まばたきひとつで景色が変わる。

 もう三度目となる境界線。今回は故郷の景色を懐かしむ暇もなく、ミコに手を引かれて走る。


「空孤ってヤツが観測者の地に来たの。常盤が足止めしてくれてるけど、一人じゃキツそう」

「えっ、空孤は先程封じたはずでは」

「詳しいことは分かんないけど、常盤が虚太郎を呼んで来いって」

「わかりました」


 今度こそは何かの役に立ってみせる。と、虚太郎は妖刃(ナイフ)を握りしめる。


「無事でいてよ、常盤~」


 ミコのか細い祈りとともに、ふたりは境界線の出口まで一気に駆け抜けた。



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