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■魂を喰う狐(1)

■魂を喰う狐


 それは、餓えている。


***



「虚太郎、少々手伝いを頼みたい」


 そんな声とともに扉が開かれ、虚太郎が顔をあげると、常盤が立っていた。


『珍しいね。常盤さんがそういうこと言うの』

 

 虚太郎よりも先に返事をしたのは閻魔。机に向かっていた虚太郎の肩口から飛び降りて、常盤のもとへ跳ね寄って行く。

 常盤は閻魔を受け止めて、その場に新たな扉を創り出す。


「事情は向こうで説明しよう。万華鏡を持って付いてきてくれ」

「わかりました」


 万華鏡が必要だということは、現世で何かをするのだろう。

 虚太郎は立ち上がると万華鏡をしっかりと懐に収め、常盤の創った扉をくぐる。



 扉を抜けてふたりが立ったのは、特に変わったところは無い森の中。まだ日は高く、木々の隙間から明るい日が差し込んでいる。

 その場についてすぐ、常盤はまず、錫杖で地面に境界線の文様を描いた。

 

「帰り道を先に創っておく。仕事が終わったらここを通って観測者の地へ帰れ。境界線はもう抜けられるな? 不安があれば帰りはミコを連れてくるが」

「いえ、さすがにもう三回目なので、大丈夫だと思います」

「うむ。ならこの場所を忘れんようにだけ気をつけておけ」


 境界線の文様は、万華鏡がなければただの地面の落書きにしか見えない。普通の人間が迷い込む心配は無い。


「では山を降りよう。ここを降りると、町がある。詳しいことは降りながら伝える」

「わかりました」



 揃って木々をかき分け、山を下る。


 常盤が虚太郎に頼みたいことは、”妖怪探し”。


 アーキトルーペで覗いたところ、どうやらこのあたりに人の魂を喰う妖怪が現れた。

 妖怪は人の肉体から魂だけを抜き出して喰ってしまう。そうなると、喰われた魂は正しい死を迎えられない。妖怪が腹を満たせば満たすほど、理の歪みが大きくなる。

 できるだけ早いうちに対処をするのが望ましい。


 妖怪の名は”空狐(くうこ)”。狐の姿に似ているが、尻尾の数が多く身体も大きい。

 人の心を読み、相手が最も望む言葉、甘言をささやきながら近づいて油断を誘い、魂を抜いて喰ってしまう。

 化けることも得意で、人の姿のみならず、物に化けたり、物の形を変えることもできるという。

 

 その妖怪の捜索を、虚太郎に頼みたい。と常盤は言った。


「俺に出来ますか?」

「むしろ適任だ。これから町へ降り、人混みを見張る。そこで呪いを視る眼が役に立つ」


 空狐は人の魂を喰う。それゆえ、喰われた者の恨み、呪いを寄せている。

 人の姿に化けていようが、まとわりついた呪いは消えない。

 人混みのなかにあっても、空狐のまわりには黒い靄が常に漂っている。


「そういえば、以前ミコさんと現世に行ったとき、ときどき黒い靄を纏った人を見ました。あれらの人も空狐だったんでしょうか」

「いや、通常の人間にも呪いが憑くことはある。スリ、泥棒、人斬りといった悪人から、運悪く擦り付けられただけの者まで」

「では、空狐との見分け方は」


「空狐は主に夜、本性を現す。今から町を見張り、幾人かに目印をつけておく。それから、夜になったら手分けしてその者らを見回り、空狐を探す。お前の右眼はどんな暗闇でも呪いを視ることができるゆえ、今回の仕事の役に立つ」


 呪いに憑かれた人物を見分け、闇夜に紛れて捜索する。

 たしかにこれは虚太郎にうってつけの仕事。


 良い呪いとして、人の役に立つことをする。

 そう目的を掲げた虚太郎にとって、この任務は願ったりのもの。自然と気合が入る。


「なるほど。分かりました。空狐を見つけたらどうすれば?」

「これを使ってわしを呼べ」


 常盤が取り出したのは、白く細い糸のようなもの。


「これは(えん)の糸。こう見えて、虫だ。ふたつに切って地面に離せば、目印を残しながらわしの元へと戻って来るようになっておる」

『線虫っぽいね』


 虚太郎が縁の糸をつまみ上げると、糸という名の虫は、うねうねと右へ左へ身体を揺らす。


「先に空狐を見つけても、決して勝とうとは思うな。奴らは不死身の種族。絶対に殺すことはできん。襲われたらこれで身を守りながらわしを待て」


 常盤は虚太郎に、一本の刃物を手渡した。刃渡りは一尺(三十センチ)ほど、厚みのある刃物で、刃の部分にいくつか切れ込みが入っている。


「それは妖刃サバイバルナイフ。いわくつきの呪われた刃だが、お前が使えばただの切れ味の良い刃物だ。妖怪に対抗する力がある」

「普通のものでは通用しないということですか?」

「ああ。普通のナイフや刀は、触れた瞬間砕け散る。空狐には通常の物理攻撃は効かんが、その刃なら傷をつけるくらいはできるだろう」


 禍々しく黒い瘴気を放つ鈍色の刃は、握った瞬間に”使いこなせる”と確信できるほど、不思議と心地よく虚太郎の手に馴染んだ。


「くれぐれも無茶な戦いは避けろ。いくらお前の身体に痛覚が無く傷もすぐに治るとはいえ、魂を喰われればおしまいだ。攻撃が効かんと分かれば逃げられる可能性もある。よって、敵の攻撃は避けるか守るかするのが望ましい。お前の役目はあくまで時間稼ぎということを忘れるな。注意点は、以上だ」


「わかりました」


 空孤を探し、見つけたら足止めをして常盤を待つ。任務の内容は単純明快。妖刃(ナイフ)を呪いの影に収納し、虚太郎は頷いた。


『良いものもらえてよかったね。でもさ』


 と、ナイフを収納した影を覗き込んでいた閻魔がふと顔をあげ、常盤へと向き直る。


『絶対に殺せない相手を探して、どうするの?』

「封印する」


『どうやって?』

「空狐に喰われた者の恨み、向けられた呪いを使う。呪いの檻で固めて閉じ込め、動きを封じてしまうのだ」


 それなら自分にも出来るのでは? と虚太郎が口を開くより先に常盤は先回り、


「お前には出来んぞ。空狐を封じるためには、呪いを身体から切り離さねばならんからな。そんなことをすれば、呪いでつなぎとめられているお前の身体と魂は消滅してしまう」


 と釘を刺した。


「ほれ、そろそろ町が見えてきたぞ」


 常盤が指した先、そこにあったのは大きな城下町だった。

 時代は虚太郎が居た時代と近いものに見える。

 ミコのような洋装をしている者はひとりもおらず、虚太郎がよく知る農民や町人の出で立ちをした者が行き交っていた。

 常盤と虚太郎の装いは修験者や農民に近い。ただし髪や眼の色が異国風で人目を引く恐れがあったため、常盤の法力で色合いだけをその場にそぐうように変え、町の中へと踏み入った。


「賑わってますね。人が多い」

「ああ、この中から空狐を探さねばならん。空孤が現れたのは最近だ。昔からこのあたりに居を構えている者は除外して考えて良いだろう。旅装をした者などを特によく見ていろ」

「わかりまし……あ」


 常盤と虚太郎が小声で話しながら歩いていると、向かいから歩いてきた女がひとり、虚太郎と派手にぶつかった。

 

「あらま、ごめんなし」

「いえ。それよりも、今取ったものを返してください」

「嫌だわ兄さん。何のことです?」


 ぶつかった瞬間、女は虚太郎のふところから万華鏡を抜き取った。普通の町人であれば気づかぬような早業を持つスリだ。


「返してくだされば罪は問いません」

「嫌やわ、言いがかりでござんせん? もしや、お探しのものはそこに落ちてる筒でありんせ?」


 女は「おほほ」と笑いながら足元を指す。

 示された先にあったは虚太郎の万華鏡。つい今の今まで確実に落ちては無かったのに。


 虚太郎は無言でそれを拾い上げる。

 顔をあげたとき、スリの女はもう人混みに紛れて消えていた。


「いきなりとんだ災難だな」

「万華鏡が返ってくればそれで良いです。今の女性も黒い靄がかかっていましたね」

「スリなどしておったら恨みもかうだろうからな。一応、目印はつけておいた」



 それ以降は特に目立った騒ぎにも遭遇せず、ふたりは夜まで、靄を纏う人物を探しては目印をつけていった。

 旅籠(はたご)の周辺を中心に、小間物売りの後を付いて歩いたり、常盤が料理茶屋で食事をしたり、その間に虚太郎は夜に動きやすい道筋を探したり。


 そのうちに日も落ち、人の往来も減ってゆき。


「そろそろ空狐が動き出す頃だ。これを使って見てまわれ」


 常盤が虚太郎に渡したのはまたもや縁の糸。

 それぞれ、目印をつけた相手の元へ行くものだという。


 常盤と繋がる糸と混ぜてしまわないように注意して、虚太郎は試しに一匹、切って地面に置いてみた。

 置かれた糸は、半身のみで滑るように走る。

 糸の這う早さは馬よりも早く、瞬きの間にその姿は見えなくなった。


「早い」


 糸が這った後に残るのは、ナメクジが粘液を残すに似た白い跡。


『これを追っていけばいいんだね』

「ああ。では、頼んだぞ」


 常盤も分担した縁の糸を地面に置き、ふたりはそれぞれの糸が残した跡を辿り走り出した。

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