第八話『もう一人の主人公』
「.........一体、何が起きているんだ。」
冒険者稼業を始めたばかりの青年は湖の先から大きな闇が溢れ出すのを目にする。『山菜の収穫』と言う比較的簡単で安全なクエストを受けたはずなのだが現在は広がった闇の中へと囚われてしまった。
(息苦しい、)
何も見えない。一つだけ分かるとすれば此処に長居しては行けないと言う事実。
「ボクは.....」
まだ死にたくはない。魔力が少しづつと削られて行く感覚に怯えつつも、木々を頼りに辿って来た道を帰って行く。
「ガルルルル』『グガガガ』
ガサガサと葉が揺れ、獣の様な呻き声が聞こえてくる。そしてそれ等は近づいて来ている。
(少しでも逃げないと....)
そして音は止んだ。青年は涙目になりながらもなけなしのお金で買った冒険者の剣を抜き警戒をする。そして背後を取られまいと木へと背をつけた。
(迎え撃つしかない.........くるなら来いよっ)
視界がままならない上に剣の腕は三流以下。抵抗の意思は勿論あるが勝ち目はないだろう。
「あぁああ」
剣がガタガタと揺れる。偉業どころか下級のクエストでさえ完了していないと言うのに自分はこの様な場所では死ねない。
「あがぁ!?」ザク
左肩を突如として何者かに噛まれた。
「くそっ、離れろよ!」
噛まれていない方の腕で殴りつけると肉を裂かれる。
「あがあぁぁぁぁぁあっ!!」
剣は手から離れ、叫び声を上げた。痛みが収まらない。
「.........あぁ、お母さん」
誇れる冒険者になりたかった。なのにこんな突然と自分の冒険は終わるのか。
「ボクは........」
膝を地面に着くと同時に数多の”何か”に噛み付かれる。まるで餌を見つけたハイエナの様に群がる獣。
「_______なぜ、こんな場所に人間がいる?」
人の声が聞こえると同時に身体から痛みが消えた。そして朦朧とする意識の中、最後に微かに見えたのは漆黒の鎧を身に纏う_____【黒騎士】の存在だった。
(....何処かで見た事がある顔だ。)
黒騎士は青年を背負い、瘴気が及んでいない場所へと移動する。そして青年を降ろすと即座に応急処置を施した。外見とは裏腹に軽傷で良かったと一息吐く。
「瘴気による外傷はない....と言う事は魔力量が高いのか。」
魔力量が高い者程、瘴気の影響を受けにくい。
「......此処に一人残すのも危険だな。」
青年を残し旅路に戻ることは容易に出来るが、やはり後味は悪い。最悪な場合、そこ等の野生動物に食い殺されるかも知れない。
(仕方がない、こいつに帝国までの案内をさせてもらうとしよう。)
「起きろ。」
頬をペチペチと叩き起こす。青年は目を擦りながら周りを確認すると自分の存在に気付きすぐ様立ち上がろうとする。だが傷が痛むのか直ぐにその場へと蹲った。
「貴方はっ、」
「あぁ、倒れていたからここ迄担いで来たんだ。」
「ボクは確か、霧の中に呑み込まれて....それで化物達に襲われて......」
頭を抑えながら何やら考える青年。
「そうだ!貴方があの化物達を倒してくれたんですよね!」
思い出したのか興奮した様に大声を上げる。
「あぁ。」
「ありがとうございます!貴方が来てくれなかったらボクは死んでいました。そうだ、何か、お礼をさせて下さい!」
黒騎士の手を握りキラキラと目を輝かせる青年に苦笑がでる。勿論青年側からは鎧を装備している為、表情は見えないのだが。
「そうか.....なら帝国への道を教えてくれないか?」
聖女や騎士大隊がいる帝国を目指す事こそが現状の目的だ。
「もちろんです!」
青年はウキウキとした様子で先行する。その後を追うように歩きはじめた。
「騎士様は....異国の方なのですか?」
異国と言うよりは『異界』だなと言葉が滑りそうになる。
「あぁー、そうだな。」
青年はそうなんだぁ〜と首を縦に振り様々な質問を道中で聞いてくる。そして事あるごとに自身を騎士様と呼ぶ為、注意する事にした。
「俺は騎士様なんて大層な身分ではないよ。ただの.....そう、傭兵だ。」
勿論傭兵ではないが、何かしらの地位を言わなければ怪しまれるだろう。
「それであんなに強いんですね。」
「......強くはないよ。ただ、己に出来ることを最大限に実行しているだけだけに過ぎない。」
青年はその言葉を聞き真っ直ぐと先を見つめた。何かを覚悟した様にも見えるが、余り気にする様な事ではないだろう。
「あぁそう言えば自己紹介がまだでしたね!」
青年は此方へと振り向き名前を告げる。
「ボクの名前は__________ユーノ!」
今.......なんと言った?
「気軽に【ユーノ】って呼んで下さいね!」
ユーノ、当時代に置ける英雄もしくは勇者と称される英傑の名。完成された勇者は神をも超える超戦士となる。聖剣又の名を『輝きの神聖剣』はどのような外敵すらも打ち滅ぼすと言われている。
(そうか___________此れは運命なのかも知れんな)
勇者は天界側から異常な程の寵愛を受ける。道中、黒騎士はユーノから感じる何かを瘴気の触覚を通し感じていた。
(.......こいつはまだ弱い。)
だか何れは大きく成長し、聖女である【ディアーナ】と共に瘴気の第一波である【骸の魔物】を倒すに至る。
「あ!帝国門が見えて来ましたよ!」
彼女を覚醒させる為に今は泳がせるが、何か妙な動きや彼女を害す行動を起こすならば俺はこいつを迷う事なく殺すだろう。
「あの、お聞きするのを忘れていたのですが、黒騎士さんは______なんと言うお名前何ですか?」
名前、か。事実を伝えるか偽るべきか。いや、迷う事はないな。この世界、時代に自分を知る人物などいないのだから。
「..............ジョンとでも呼べばいいさ。」
ユーノは握手をすると大きく笑顔を見せた。
「素敵なお名前ですね!」
「あ、あぁ......ありがとう。」
面と言われると照れるものはある。
「うわ、結構な列ですね。」
帝国門の前には長い列が並んでいた。
「あの霧のせいでオラの村はもうダメだ。村の若い奴らがオラ達の様な老人や女子供を先に逃がしてくれたお陰で命は繋ぎ止められたけんども、ばあさんが死んじまっただ。」
「俺の住んでた街なんて今は死都だよ。だれ一人生きちゃいねぇ。あの霧に完全に呑まれてちまったからな。」
様々な村や街から避難して来たと思わしき声が聞こえてくる。
(......これは都合がいいな。)
検問により時間が掛かってはいるが、身分を証明する何かを物で提示しなくても上手く此処を通行出来る。例えば通行証であったり身分を証明するものがなくとも村の被害者だと偽れば幾ばくかの質問をされた上で通行の許可は降りるだろう。
「やっぱり、あの霧のせいでこんなに多くの人達が苦しんでるんだっ、」
悔しそうに拳を握り締めるユーノ。
「ボクが絶対に___________」
此処が彼にとってのターニングポイント、決意の場。
「________________止めて見せる。」
世界を救うと言う目標を心の中で掲げた瞬間なのだろう。