第四話『 聖女は悪魔と比喩される』
自国での評価は総じて慈悲深き聖女である。しかし他国では聖女の皮を被った悪魔などと比喩されているらしい。まぁ自身の存在が戦争の抑止力となる様に動いていた為、好都合と言えば好都合ではあるのだが。
(しかし........此れは由々しき事態ですね、ふふ)
温厚であった帝国の王、皇帝陛下は度々の戦争の勝利に酔い始めていた。当初は民を守る為にと国境守備に強化を入れるだけであった。だが今は騎士団を再編成し、隣国を討ち滅ぼそうとしている。
「皇帝陛下が大陸を統一する為に近々公国と京国へと攻め込むって噂だぜ」
「この前、国境沿いでいざこざがあったばかりだろう、京国とは」
騎士団の一員らが雑談するのが耳に入る。一年前に剣聖とその軍勢を殲滅してからと言うもの京国とは小競り合いが国境付近で度々と起きる。
(公国はおとなしいと言うのに、浅はかな事です。)
とは言え聖女として最前線に立ち過ぎるのも問題だ。帝国騎士団にも戦争に置ける需要性を陛下に見せつけなければならない。故に現在、【法国】と【王国】の担当は彼等が担っている。
「聖女様!此方に居られましたか!」
どうやらシアリーズに見つかってしまったようだ。教会にある裏庭で涼んでいたのだが、そろそろ公務に戻らなければならないらしい。
「シアリーズ、どうか致しましたか?まさか、妹さんと仲直りが出来たから報告に来たと言う訳ではありませんよね。」
「せ、聖女様!!妹の件ではありません!!」
付き人であるシアリーズは公爵家の次女である。そしてその妹は昔、公爵家から飛び出し騎士団へと入団したらしい。家紋を捨てたとは言え戦場に駆り出される妹が大変心配なのだろう。
「素直になれば良いものを。いけませんよ、シアリーズ。家族は大切にしなければなりません。」
「うっ......分かってはいるのですが......ではなくてですね!騎士団長が応接間で待ってます!行きましょう、聖女様!」
(騎士団長..........)
騎士団長ロムヌス。帝国の英雄。四方の国々からこの国を守り続けて来た豪傑。単純な戦闘に置いてこの者に敵うものは現状いない。仮に彼が妖刀【村正】を武器として使用していたら万が一にも私は敵わないであろう。
(とは言え騎士団長も歳でしょうし、体力面をつけば決して勝てないと言うわけではないんですよ?)
聖女は意外にも負けず嫌いなのである。
「突然の訪問、申し訳無い_______『聖女』殿」
応接間の扉を開くと騎士団長は此方へと一礼した。帝国では皇帝陛下、二大貴族、大司祭、聖女、上位貴族、騎士団長、副団長、貴族、騎士団、平民と立場的に偉い順番はこう並べられる。故に私の立ち位置はそこそこと高いので騎士団長もまた礼儀をつくすのだ。
『騎士団長、どの様なご用件でしょうか。」
事前に連絡が来ていないと言うことは緊急の知らせなのだろう。此方もこちらでやる事がたくさんとあると言うのにうんざりする。言葉にはしないけれども。
「皇帝陛下について、だ。」
あぁそう言うことか。皇帝陛下の変貌について問いたいのだろう。
「陛下はお変わりになられた。数年ほど前までは貧困層が生まれぬ様、民中心の政策をとられ、尚且、戦に駆り出すではなく国防の為に勇姿を募り、騎士団の底上げに尽力をなされた。」
「はい........」
はい、私が現在進行で陛下を誘導しています。そもそも国防に力を入れたとしても他国からの侵略行為は止まらない。平和な世を目指したいのなら手っ取り早く大陸中の国を統一すればよいのだ。故に私は陛下に内密に助言した。
『平和な世を作り出すには先ず、人が、大陸が一つになる必要があります。陛下、恒久的平和を長き時代続けるには誰かが悪役に徹しなければならないのです。』
などと火をつけてやれば簡単に動いてくれましたし。後は着実と他国を支配していけば戦争問題は解決されていく。
「聖女殿に折入りって頼みがあるのだ!私一人では陛下の心には届かない。だが、天の御使いである『聖女』殿のお言葉ならば陛下も目を覚まして下さる筈だ!」
巫山戯た事を言う男だと内心で溜息を吐く。
「騎士団長の言い分も理解できます。しかし、陛下には陛下のお考えがあると私は信じております。皇帝陛下は賢帝であり愚帝ではありません。先ずは真意を確かめてからでも遅くはありません。」
「......確かに急ぎ過ぎていたのかもしれんな。大きな戦争は京国との戦から一度とない。小規模なぶつかりは幾度とありはしたが、国境騎士隊で対処は出来た。しかし陛下は再編成された騎士団で4大国と戦争をする戦準備を成されている。決して無謀という訳ではないが、くっ、一体どれほどの部下が死に徴兵された民が死ぬか。この戦に義がなければ私は反対する。例えこの身が処刑される身になろうともな。」
処刑されてしまえ!と心の中で思ったのはここだけの話、秘密である。
(とは言え、騎士団長の存在は必要不可欠。騎士団は何も清廉潔白な正義の使者ではありませんし。)
血の気の多い者程、騎士団に所属しがちだ。騎士団長はああは言っていたが騎士団の半分は戦争をしたい派である。騎士団に入団する者の大半が武勲を上げ最強の座である騎士団長の座を目指しているのだから。
「陛下は【法国】へと宣戦布告の手紙を、今朝方送られた。手始めに西を支配下に置きたいらしい。しかし、解せぬのは他の3大国と比べると『聖女』殿の影響か我らに最も親しい隣国であると言うことだ。」
話し合いで何とか出来ぬだろうかと相談する。しかし聖女の内心は怒りと苛立ちに満ちていた。
(この脳筋は本当に頭がお花畑ですね。先ず法国が私達帝国に手を出して来ないのは私が裏で彼らの信仰心を上げているからです。)
その気になれば法国其のものを乗っ取り、法王自身に私は成れるだろう。けれどそれをしないのは彼らに致命的に足りていないものがあるからだ。
(圧倒的武力の不足。信仰系統の能力に偏り過ぎている。)
確かに祈りは強大で偉大だ。しかし、攻撃特化ではない。故に五大国の中では一番と武力では劣る。
「えぇ、和平を組み共同関係を築けることが最善ではあるのですが........私からも皇帝陛下には掛け合って見ましょう。」
「おぉそれは心強い.......っとそろそろ征かねばならぬか。聖女殿、貴重なお時間を取らせてしまい申し訳無い。平和な世を目指す者同士、互いに頑張りましょうぞ!」
はい、と相槌を打ち応接間を去っていく騎士団長から視線を離す。
(皆がみな、私に期待を掛けすぎています。年端もいかぬ小娘なんですよ、私は。)
聖女となってから毎日が大変だ。色々と画策し、何とか安寧の世を作り出すに為に悪戦苦闘している。しかし、着実と脳内に思い浮かぶ計画は進行してくれている。このまま何事もなく進めばいいのですが。