第十九話『美青年』
初めて人を見て美しいと感じた。一角以下の少女時代しか過ごせなかった私にはとても尊く欲しくても届かないものだと自覚していたが、この気持ちこそが恋なのだろう。
(けれど、一目惚れなんて言葉で片付けたくはない。)
この気持ちは何処か久しく、とても暖かいものだ。まるでかつて家族として暮らしていた様な、そんな恋しく愛情を彼の姿を見て感じる。
「__________此れで満足か、聖女?」
そして素顔を晒した彼は何故だかは知らないが常に私に対し優しい表情を見せていた。
(身体の何処を調べても瘴気に侵された事実はない.......)
深淵にも似た黒色の髪、そして端整な顔立ち、瞳は鋭く紅い。身体は鍛え抜かれ、彫刻のようだ。
「貴方は魔物.....なのですか?」
彼は何かを考える素振りを見せるとこう答えた。
「俺は......アンタの『仲間』だよ。」
まるで私を虜にする魔性の微笑み。
「仲間、ですか......それを信じろと?」
私を見ているのに私を見ていない。何処か遠くにいる誰かを私を通して見ている。
「大丈夫。俺はアンタ『だけ』は絶対に裏切らない_______必ず守る。」
聖女である私に対し守るとこの男は言った。一騎無双を誇る私に。他の騎士や教会の人間が聞けば笑うだろう。だが、彼の目は本気だった。決して冗談を言う目ではない。
「そう.....ですか。」
研鑽に研鑽を重ねた私に対し堕落しろと脅している様に聞こえる。それ程までに彼は私の心に秘める何かを揺り動かす。
「........マールス団長、本日は時間を取らせて頂きありがとうございました。少し、気分が優れないので後日、改めて伺います。」
マールスの方ではなく黒騎士の方へと視線を向け、言葉を発する。
「あぁ何時でも来てくれ_________待ってる。」
聖女へと愛情も含めた顔で手を振った。其れを見た聖女は耳を赤くし、逃げる様に家を出る。
「ジョン.....お前はああ言うお堅い女が好きなのか?」
クスリと意味深に笑うと、キッチンへと向かう。そして湯を沸かしながらディアーナの事を考えるのだった。
「__________秘密だ」
(いや___________ディアーナだから良いんだ。)
「聖女様!」
ディアーナは付き人達を無視して馬車へと乗り込む。
「あぁ......私はっ///」
赤面した顔を両手で抑える。あの傭兵に関する瘴気の件などどうでもいい程に甘い熱を感じていた。
「聖女様っ!何かあの男にされたのですか!?」
「あの者を教会の名の元、処断しましょう!!」
二人の付き人は心配してか、馬車へと同乗しディアーナへと話を掛ける。
「いえ、彼の方は潔白です。副団長の席は務まるでしょう。」
(けれど、やはり次に訪れる際には聞いた方が宜しいのでしょうね。)
奇跡を拒絶した事実。それは彼が何かしらの呪いを背負っている可能性があると言う事だ。もし仮に放置でもして魔物と化してしまったらディアーナ自身の責任で大勢を危険に晒した事になる。
(私は民を闇から救う聖女。色恋沙汰に現を抜かしている場合では在りませんね。)
従って定期的な監視、接触にて容体を見る必要があるだろう。
(此れは決して彼の方に逢いに行く為の口実ではないのです!)
心の中でそう言い聞かせては入るが、口元が緩んでいる。
【何時でも来てくれ。】
先程の言葉を思い出す。
(あの方は常に私に好意的でいてくれた。)
あれ程の善意を人から感じた事がない。話した言葉は少ないけれど伝わってきたあの思い。天界から奇跡を授けられている事もあってか、人の心が少なからず伝わってくる。故にあの方からは溢れ出んばかりの親愛にも似た愛
情が自分に向けられている事を感じられた。
(教会にいた際に私は幾度と貴族達との縁談を持ちかけられて来ました。それに帝医隊として前線に出ていた際にも仲間から求愛を幾度と受けた事があります。)
けれども全てが聖女としての力、身体を求めるだけのものだった。中には私に本気で恋をするものもいただろうけど_______
(_______私は全ての誘いを断った。)
私はどうやら世間体で言う美人らしい。鏡などあまり見ない為に自分の容姿を評価は出来ないが周りの反応を見るにそうなのだろう。
(どれもあの方の様に純粋な感情を向けて話す方々は過去にはいなかった。)
気になる。何故、彼が私に対してこうまで好意的なのか。