第百四十話『影』
「酷い........目に.........あった」
瓦礫の中から這い出る芙蓉。体重が重いせいで抜け出すのに時間が掛かってしまった。
(カミーユ達は水源の近くに戦場を移したのか。)
重い身体を引き摺らせながらカミーユが戦っているであろう場へと足を進める。
「_____ねぇねぇ、君は僕達と同類だよね?」
背後から声が掛かる。芙蓉は間髪入れず呪詛を唱え周囲一帯を酸で覆った。
「おっと、危ない事をするね。これ、僕の一張羅だから余り傷物にしたく無いんだよね。」
酸の包囲網から離れた位置にて瓦礫の上に座る黒軍服の男。
「お前........彼奴、仲間?」
「どっちだと思う?」
日本刀らしき剣を鞘から抜き、此方へと微笑を見せる男。
(クソ、運が悪過ぎるッ!)
カミーユは舌打ちを鳴らし、応戦態勢に入る。
「僕も勇者に連なる戦士だ。万全ではない乙女を斬り伏せることは本来なら邪道なのだろうけど、僕も余裕が無いからね。此処で脱落してもらうよ。」
(最悪だ........芙蓉の予想が正しければこいつは.........)
芙蓉は目の前の人物を知っている。かつて降霊術師ヨハンネスが新人狩りをした際に影から奴を支援していた人物。常
に影から命を狙い、瀕死の者へととどめを刺す掃除人。
「............Schwarzwald」
名前が無い彼を創作物達は口を合わせてそう呼んだ。
「へぇ、まだ僕の事を知ってくれてる人が生きてたんだ。」
目付きが変わる。明確な殺意。静かに此方へと歩みを始める。
(名を意味するのは黒き森、暗殺の実力に置いてはアジア州において最上位に位置する。)
芙蓉は呪詛を書き込んだ霊符を四方へと散りばめ印を結んでいく。
『罪過の契約、深淵へ請う、悪しき光は散り、深き闇は我らに集わん』
以前、ディアーナから分け与えて貰った瘴気を自身の呪詛と混ぜ込み霊符へと封じ込めていた。其れを完全に開放し、周囲一帯を闇へと包み込む。
「.........魔王の吐息と同じ効力を持ちますか。厄介ですね。」
しかし、シュヴァルツヴァルトは己の影の中へと入っていった。
(彼奴の固有能力____)
「.........クソ」
防御壁がわりの酸、そして瘴気が無意味と化す。此れではいつ命を奪われたとて可笑しくない。
(空中に逃げるしかないッ!!)
呪術により空中の足場を固定させ、その場へと跳躍する。
「重........い」
体重の重さから空中への跳躍はかなりの力を使う。
「確かに重そうだ。」
「!?」
空中に移動した筈。何故、奴の声が聞こえると冷や汗を流す芙蓉。
「ふふ、僕は影が在れば何処でも行けるんだ。」
そう、勇者の後追いを任命されてからと言うもの、必死に鍛錬し開発した魔術。暗殺、支援の一点に絞るには特殊な技能が必要となる。其れをシュヴァルツヴァルトは身につけたので在る。
「先ずは一人目。」
冷めた声と共に芙蓉は背を斬られ地上へと落ちていく。そして足場を無くしたシュヴァルツヴァルトは緩やかに着地し、水源近くの戦闘を遠視した。
「うん、もう時期に終わるかな?」
小さな血溜まりを作る芙蓉を背にシュヴァルツヴァルトは水源へと目指すのである。
「いい加減に倒れなさいよ!」
全力の一撃を上段から振り下ろす。だがゲシルは二対の槍をクロスしその攻撃を受け止めた。
「互いに血を流し過ぎたな。」
カミーユの剣を弾き突きを放つ。だが、カミーユは其れを横に流し横腹へと向け蹴りを放った。
「むっ!」
一瞬怯むが、直ぐに態勢を立て直し槍を振るうゲシル。
「全ての神々の頂点に立つ祖父に私は誓ったのだ!!この大地を我が手にて守り抜くと!!」
地が揺れ亀裂を生む。圧倒的膂力による余波がオルホン渓谷の地形を変える。しかしカミーユは真っ直ぐと英雄の目を捉え告げる。
「負けられないのは私も同じよ。」
願いは最初から変わっていない。祖母の元へと帰還をする事。その為だけに剣を振るう。
「あんたの志、希望と比べれば矮小なのかも知れない。其れでもこの地に呼ばれた以上、死ぬ訳には行かないのよ!」
激しい攻防が繰り広がる。神と魔を切り裂く槍、そして賢狼より授かりし古の剣。
(____腕の時間も、この剣を扱える時間もあまり長くないッ!!)
ブランチェが剣を魔剣と呼ぶ由縁がある。此れは星のエネルギーを強制的に吸収し、使い手本人の『力』を10秒ごとに倍加させて行く剣だ。しかしその反動からか身体に多大な負荷を与える。
(力、そして技量が初期よりも跳ね上がっているッ!!)
ゲシルは徐々に押され、鎧にも数多の破損が出来て行く。状況はカミーユ側に有利をもたらしている様にも見えた。
(くっ、私を惑わせないでッ!!すっこんでなさいよ!!)
「はぁーーーーーッ!!!!」
しかし内面は違う。星のエネルギーは膨大であり巨大だ。ただの人であるカミーユにとっては猛毒となり心身を阻む。何故ならば、星側のエネルギーが逆にカミーユと融解し一つになろうとしているからである。その効力を持ってブランチェはこの剣を魔剣と呼んでいる。
(このままじゃあ身体が持たないッ!)
二人の剣は速さを増し互いの身体を切り裂いて行く。倍加して行く力に制限はない。しかし、人であるカミィルの肉体には限界がある。
((”次の一手でケリをつけるッ!!”))
両者は剣と槍を強く打ちつけ一度距離を取る。そしてすり足で互いに近づき間合いに入った刹那、常人では見えぬ程の剣撃が両者から繰り出された。
「____貴様の権能、物理的な力を無効にすものだな?」
ブランチェ側の戦場の地形は完全に変わり、森林地帯の様になっていた。
「くく、ならばどうする。大地の神獣よ?」
トライデントをジャグリングをするが如く全身を使い回転をさせる山羊。
「ガルッ!」
大樹の枝に乗る山羊へと跳躍し大口にて加える剣を振り落とすが完全に山羊の身体へと直撃する頃には運動量が零になっていた。
「チッ、」
尻尾による追撃を喰らわせようとするが其れすらも攻撃が届く前に無に帰す。ブランツェは地上へと降り山羊を見上げる。
「私には派手な雷槌、神剣、魔神殺しの槍、月すら撃ち抜く大弓など無い。有るのはこの権能ただ一つ。」
山羊は枝を鉄棒の様に尻尾を使い一回転するとブランツェへと告げた。
「だからこそ、力が欲しいのだ。最強の盾はある。主神デルクエンサガンですら私を殺すに至れなかった程のな。ならば矛が欲しくなるのは当然だろう?」
「其れが貴様の王冠戦争に託す望みか。」
「くく、そうだとも。私が全てを手に入れる。その暁には世界を終焉に導くと約束をしよう。」
相手には決め手は無いが殺されないと言う自信がある。其れは一重に奴の権能故の余裕だ。
「全てを零へと戻す。其れこそが私の勇逸無二の最強権能、そして野望を体現した力である。」
原初の悪魔、エルリュングは高笑いをしながら公言をする。
「______打ち破れるのならば打ち破って見たまえよ、神獣。」