第百七話『戦争は始まっている』
「...............遅いなぁ。」
既に日は沈み夕飯の支度を済ませた。だが一向にディアーナ達が戻る気配がない。あれから既に半日近くは立っているはずだが大丈夫なのだろうか。
「おーい、夕飯が出来たぞー!」
叫ぶが誰も来ない。久方ぶりの静寂だが不安を感じた。
「少年の夕飯はいつも楽しみだ」
だがいつの間にやら席へと座るブランチェがいた。青年は狼体であるブランツェへと抱きつき撫でる。
「あ〜もう可愛いなぁ!」
「こ、こら、辞めぬか!」
ちょこんと椅子に座る狼の姿には心にきゅんと来るものがある。しかも言葉では嫌がっていようと辞めさせないあたりが愛くるしい。
「さて夕飯も冷めると不味いし、ディアーナ達の所に送ってくれないか?」
ブランチェから手を離し尋ねる。
「今はやめた方が良い。余り少年には血に慣れて欲しくはない。」
ブランチェは心配した様子で青年へと助言をするが、自分は大丈夫だと頭を撫でた。
「本当に良いのだな?」
「あぁ、開けてくれ。」
ブランチェは目を瞑り、分かったと一言言うと異界への門を開いた。
「おーい、入るぞぉー?」
「ジョン、今は入らない方がいいわ。」
門越しにカミーユがそう言う。
「あらあら良いではないですかぁ♪ジョン副団長にも見て頂きましょう♪」
だが扉は直ぐにディアーナの手により開かれた。
「うぇ.....................臭いな」
開けた瞬間に尋常ではないくらいに血生臭い匂いと肉の焼けた匂いが鼻を突く。床には血痕が目立ち拷問器具が部屋中に並べられていた。
「うぁ、う〜、ぁー」
そして部屋の中心には拘束具をつけられた降霊術師が呂律の回らぬ声で呻いていた。最早正気はなく両目は焼き焦げていた。
「お、おい、なんだよこれ........」
「えぇ、先程の男ですがぁ?」
辛うじて息がある点を除いて最早人とは言えない状態。
「................やり過ぎ、じゃないのかよこれ。」
吐き気がこみ上げて来る。
「いえ、この者の思考を読み取りましたが正当な報いでしょう。」
ルキフェルがそこまで言う程なのか。降霊術師も降霊術師でエゲツない思考や過去があったのは確かなのだろうが、果たして此処までやる必要があったのだろうか。
「ジョン、無理に見なくてもいいのよ?」
カミーユが複雑な表情を浮かべながらも心配した言葉を掛けてくれる。
「あ、あぁ。俺は先に戻ってるよ。飯が出来たから早く戻って来いよ。」
(軽い好奇心で見ていいものじゃない。)
(あぁ、ジョン副団長にあのような顔をさせてしまった.............早く戻って慰めないと。)
「貴方の役目は此処までです。お疲れ様でした。御機嫌よう。」
ディアーナの影から瘴気が溢れ出ると降霊術師を包み込む。いや、包み込むと言うよりは捕食すると言った表現が正しいのだろう。咀嚼音が部屋を響き、その咀嚼音が消えると同時に異界の門は閉じるのであった。
「ジョン、大丈夫ですかぁ?」
食卓にて血生臭い匂いが充満するのだが、料理を冷ます訳には行かず先に食事をとる様にと進めた。
「俺は大丈夫だって。」
(嘘.............全然大丈夫ではない。私達に対して畏怖や恐怖を少なからず抱かせてしまった。)
ディアーナは思考する。
(うぅ、見せるべきではなかったのですね。選択を謝りました。私の失態です。あぁジョン、そのような顔をしないで下さい。私まで悲しみに満ちてしまいます。全ては貴方の為なのです。この心も身体も全部が貴方の為にある。決して貴方を傷つける為にあるのではありません。)
「ジョン副団長、私は貴方を絶対に傷つけたりはしません。貴方だけが私の『救済』であり『希望(勇者)』なのですから。全ての万物が敵に回ったとしても私は貴方の『味方』であり続ける。だから、私の事を信頼して委ねて下さい。もし、貴方が望むのであれば私は全力をもって______この世界すらも支配下に置きましょう。」
ディアーナは自分の前へと膝まづき手を握る。まるで姫に忠誠を誓う騎士の様だ。
(あぁ、こいつは絶対に俺を裏切らない。例えルキフェルや狼さんが敵に回っても俺の側に居てくれる。)
何故だかは知らないが青年はそう心の中で感じてしまった。
「ディアーナ、気分は晴れましたか?」
「えぇ、申し訳ありません。取り乱してしまいました。」
ちょっとした気まづい空気が流れる。
「あぁ_______其れで具体的に何が分かったんだ?」
「そうですね。私は痛ぶって痛ぶって痛ぶったところで回復を掛けて同じ事をするの繰り返しでしたから。よく分かりません。最後にルキフェルさんが記憶を覗き見たので説明をお願いしますね、ルキフェルさん♪」
そう言えばディアーナ本来の聖女としての能力は治癒能力だったな。
「簡単に説明すると拷問行為其の物に意義を感じきれず最終的には私が記憶を覗き見ました。」
ルキフェルはディアーナの拷問に痺れを来たしのだろう。
「私は........「カミーユは電極に最大限の電流を流し続けた張本人ですよぉ、ふふ♪」ち、違う。始めに付けたのはディアーナでしょ。ただ私は終わらせようとしただけ。」
事実、ねちっこいディアーナのやり方を早期に終わらせるべく電流のボルテージを最大限に上げ終止符を打とうとしたのだ。
「ですが存外、人という生き物は壊れにくいのですよねぇ。完全に思考能力や精神は砕けましたでしょうが、死には至りませんでしたねぇ。」
「あの者について分かった事は沢山あります。そして殺しあう意味にも。」
一同はルキフェルへと目を向ける。
「____意味?」
カミーユが問う。
「我らがこの世に顕現した意味。そして、戦への幕開け。私達が知らぬ間に既に事は始まっている。」
ルキフェルは窓から天を覗く。
「戦の開幕?意味が分かんないんだけど!!」
「【KingsWar(王冠戦争)】、あらゆる創作から現世に顕現させ頂点を決めさせる戦い。其れが正に今、この世界で行われているのです。」