異世界支援課 1
市役所のロビーに入ると、正面に案内カウンターがあった。亜衣は真っ直ぐそこに向かうと、中で座っている女性職員に声をかけた。
「すみません。バイトのことで、異世界支援課に行きたいんですが?」
亜衣の声の届く範囲にいた職員全員が、一瞬「ザワッ」と緊張感に包まれた。しかし直ぐに何事もなかったかのように、それぞれの仕事に戻る。お菊はその緊張感に不思議な違和感を覚えた。
(何だろ?何か隠してる気がする)
「失礼ですが、そのことをどこでお知りになりましたか?」
女性職員はにこやかな表情をしているが、その不思議な違和感に亜衣も気付いた。
「えと…」
亜衣が思わず口籠る。
お菊は一歩踏み出すと亜衣の横に並び立ち、女性職員に笑顔を向けた。
「駅前の掲示板に求人広告が貼ってあったのを見たのですが、ここではなかったのでしょうか?」
「掲示板!」
女性職員は「ハッ」と息をのむ。
「少々お待ちください」
言いながら内線の受話器をとった。
「玄関ロビーです。掲示板で例のポスターを見たという方がいらっしゃってます」
電話口で何か指示でも受けているのか「はい」「はい」と繰り返す。
「それが…」
女性職員はチラリと亜衣たちの方に目を向けた。
「中学生くらいの女の子ふたりなんです」
亜衣たちのことを電話口の相手に報告する。
「はい、かしこまりました」
女性職員は受話器を置くと、スッと立ち上がり丁寧に頭を下げた。
「お待たせいたしました。直ぐに担当の者が伺いますので、あちらのソファーでお待ちください」
手のひらで壁際のソファーを指し示す。
何だかしっくりこない気もするが、亜衣たちは指示どおりソファーで待つことにした。
しばらくすると、30代半ばくらいの男性が姿を現した。身長が高く肩幅も広い。オールバックの黒髪に黒縁眼鏡をかけている。
「お待たせしました。私は異世界支援課の佐藤と申します」
にこやかに微笑むと、内ポケットから名刺ケースを取り出す。子どもが相手なので畏まった作法ではなかったが、それぞれに名刺を差し出した。
「こんなの初めて貰った!」
亜衣が浮かれたように飛び跳ねる。
お菊は素早く貰った名刺を確認すると、肩書は課長となっていた。
「悪いけど、ちょっと場所を移動しよう」
佐藤はふたりを立たせると「ついて来て」と声をかけた。ここでは話せない内容なのだろう…秘密の匂いがプンプンと漂う。
「経費削減がうるさくてね、悪いが階段を使うよ」
佐藤はエレベーターを横目に階段を登り始める。竜宮市役所は3階建。その3階の一番奥に異世界支援課の部屋があった。
入口を入ると右側に部屋が広がっており、いくつかの机が並んでいる。左手はすぐ壁だが、パーテーションで区切られた来客用のスペースが設けられていた。そこには小さな机と椅子が置かれている。ふたりはそこに通された。
「名前を聞いてもいいかな?」
佐藤が笑顔で質問すると、亜衣とお菊はひとりずつ順番に答えた。
「上尾さんに植岡さん、と」
佐藤は手帳にメモをとると、ふたりに真剣な眼差しを向けた。
「まず、大事なことがひとつ」
佐藤は右手の人差し指を1本立てる。
「気付いたかもしれないけど、ウチは秘密の部署なんだ」
それについて何かを言いかけたお菊に対して、佐藤は右手を開き「待った」をかけた。そしてそのまま話を続ける。
「ちょっと特殊な仕事をしていてね。と言っても読んで字の如くなんだけど」
佐藤は「ハハハ」と自虐的に笑った。
「ここの事を誰にも話さない。先ずはこれを絶対に守ってほしい」
「……もし破ったら?」
亜衣が恐る恐る尋ねた。
「特殊な措置を施して、関係者全員の記憶を消去させていただきます」
佐藤が少し俯くと、光の加減か眼鏡が白く光り、その奥の表情が見えなくなる。声のトーンも一段低く変わった。
「ピンポイントの消去など出来ませんので、そのあたりの記憶をポッカリと失うことになります」
その圧力に、亜衣は「ヒィー」と震えあがった。
「冗談ですよ」
佐藤はパッと顔を上げると、亜衣とお菊に優しく笑いかけた。




