赤の姫君 1
翌朝、アイとおキクは市長官邸にある食堂で朝食をとっていた。
この食堂は一般にも開放されており、朝から営業を開始している。ちなみにセーレーにより写し出された、竜宮市役所の身分証を提示することにより、アイたちは無料で利用できた。
食堂は朝一番から『黒い幻影』の話題で持ちきりであった。
曰く、黒い衣服で身を包んだ、銀髪の女剣士のことである。
現在ラング国は、カタン市の北側に流れる幅が100m程あるヨルド河を境に、その対岸より北側は魔物に占領されている。
ヨルド河は東から西に向かって流れ、ヒクエン大橋によって対岸と繋がっていた。
今回その大橋の南側、カタン市の西側にあるネヤガー市で、大規模な魔物の襲撃があった。
黒い幻影はその戦場を、たった一人で支配したと言っても過言ではない大活躍をみせた。
彼女の残す幻影は、魔物の注目を集める特殊な効果を有している。そして、そこに群がる魔物を、弓兵や魔法兵で集中的に攻撃していく。
軍の遂行する基本作戦が、見事なまでに効果を発揮したのだ。
もちろん多くの兵士や冒険者が、力を合わせた結果の勝利である。しかしその中で黒い幻影が注目を集めた理由は、その正体が眉目秀麗な女剣士であったからに他ならない。
「たぶん…アサノさんのことだね」
おキクが食後のホットミルクを飲みながら呟いた。
「二つ名とか、超羨ましい!」
アイが瞳をキラキラと輝かせる。
「私も何か名乗ろうかな?」
「二つ名って…自分で名乗るものなの?」
おキクが困惑した表情になった。
「う…分かんないけど、確かにそれだとカッコよくない気がする」
アイが目に見えてシュンとする。
「アイ、アイ」
そのとき不意に耳元で名前を呼ばれ、アイは驚いて振り返った。しかしそこには、誰もいない。
「…アウェイ?」
「今すぐニコパ街道に向かうんだ。赤の姫君の身に危険が迫っている!」
「ニコパ…街道?」
しかしそれ以上、アウェイの声が聞こえてくることはなかった。
「どうしたの?ボーっとして」
おキクが心配そうに、アイの顔を覗きこんだ。
「今アウェイが…ニコパ街道に向かえって」
「アウェイ?」
聞き慣れない名前に、おキクが聞き返す。
「アイ、今誰かと会話したの?」
「アイの会話ログに、それらしき内容は検出できません」
おキクの膝の上で丸くなっていたミーコが、ムクリと顔を上げて答えた。
アイは「うーん」と首を傾げるが、疑問は彼方に追いやった。
「とりあえず、ニコパ街道ってなに?」
「ここカタン市と、となりのネヤガー市を結ぶ街道のことです」
ミーコからの回答を受けて、おキクがサッと立ち上がる。
「それじゃ、行きましょうか」
「…え?」
「気になるんでしょう?」
「う…うん!ありがとう、おキク」
おキクに感謝の意を伝えると、アイも勢いよく立ち上がった。
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ミーコの先導のもと、アイとおキクはニコパ街道をネヤガー市に向けて進んでいく。
ポツポツと木々が立つだけの平野部を暫く行くと、アイのピアスが突然ピクンと反応を表した。
「…セーレー?」
「複数の魔物を検知しました」
「灰色狼5体、風切鳥1体を確認」
ミーコも合わせて、それに続く。新たな魔物の名前の登場に、おキクが直ぐさま反応した。
「風切鳥?」
「硬質鋭利な嘴をもち、弓矢のように対象を貫く魔物です。俊敏な動きで飛び回るため、非常に厄介な存在です」
ミーコの解説に、アイとおキクは思わず自分を貫かれる想像をしてしまう。ふたりで蒼い顔をしていると、アイのピアスがキラリと光った。
「4名の生存者を確認。進行方向にある、商隊の荷馬車の内部です」
かなり遠いけど、街道のずっと先にある荷馬車の姿が、アイとおキクにも確認することが出来た。
「既に囲まれてるわ!」
おキクが切羽詰まった声を上げる。
「…おキク、お願い!」
そう言って自分を見つめるアイの姿に、おキクはその意図を正確に理解した。
おキクはギュッと目を閉じた。恐怖で自分の体が震えているのが分かる。だけど…あんな後悔だけは二度としたくない!
おキクはパッと目を見開いた。その瞳には、とても強い意志が宿っていた。
「ミーコ、カタパルト!」




