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96.できあがったデニッシュは




「ようこそお越しくださいました」

「こんにちは、テルー。早速バターのいい香りがするね」


 誘拐されて気を失っていた時間が長かったようで、昨日は帰宅が夜になってしまった。結局デニッシュの試作はできず、こうして次の日に持ち越しとなったのである。


 おやつの時間にいらしてください、と言っておいたランさんは、神官服でお昼過ぎに来てくれた。


「どんなデニッシュペストリーができあがったのかな?」

「はい。栗の渋皮煮をメインにして、チョコレートと、抹茶の2種類をつくってみました」


 厨房にはハイトさんとシュバルツもいる。

 ハイトさんは壁に背を預けて両腕を組んでいて、シュバルツはランさんを見ると勢いよくくってかかった。


「遅いですよ! テルーがあなたを待ってから試食にすると言うから、おとなしく待ってさしあげたというのに」

「おやおや。天下の魔王殿を待たせるなんて、僕も偉大になったものだ」

「ふん。心にもないことを」


 はいはい落ち着いて落ち着いて。


「お待たせしました。栗とチョコレートのデニッシュと、抹茶クリームのデニッシュです」


 栗とチョコレートのデニッシュ。

 焼き上がった丸いデニッシュの窪みの中央に、ビターチョコレートと生クリームでつくった濃厚なガナッシュチョコレートを一口大に切ったものを置き、上に栗の渋皮煮をちょこんと載せる。

 周りの窪みには、栗の渋皮煮をペースト状にしたものと生クリームを合わせたマロンクリームを、まるでケーキのモンブランのようにくるくると絞った。最後に、栗の渋皮煮にはちょこんと金箔を飾る。


 栗と抹茶クリームのデニッシュ。

 四角が連なるように成形したデニッシュの中央の窪みへ、小麦粉と同じタイミングで抹茶を加えて炊きあげたカスタードクリームを詰めてから焼き上げた。

 粗熱が取れたところでちょこんと栗の渋皮煮を2粒載せて、さらにローストしたアーモンドスライスを2、3枚飾った。


「抹茶……? また新しい食材だね」

「特別な方法で栽培された茶葉を丁寧に挽いたものです。粉末状でお湯などに溶かして飲むこともできますが、今回はカスタードクリームに取り入れてみました。すごく上品でやわらかな香りがして、栗に合うと思います」

「説明は十分です。早く食べさせなさい!」

「もう……まぁいいです。皆さん、どうぞお召し上がりください」


 さく。


 デニッシュをかじる軽快な音が厨房に響く。


「ほぉお……! 前回のモンブラン風とやらからさらに味を変えてきましたね……! チョコレートがクリームではなくそのままでも食べられるようなガナッシュチョコレートとは……。食感も味も強く感じられますが、周りのマロンクリームが中和してくれていてさらにお互いを高め合っていますね……。チョコレートと栗が合うとは思ってもみませんでした……」

「ありがとうございます。マロンクリームも生クリーム入りなのでなめらかさが出てると思います」

「うん、これは美味しい。チョコレートが甘くない分、くどくないね」


 ガナッシュにもマロンクリームにもちょっぴりラム酒を入れてあるので、まとまりはいいかもしれない。


「そしてこの栗の渋皮煮の存在感。固そうに見えて、すぐに口のなかでほどけるように甘さが広がるのがすばらしいです……大事な渋皮煮の甘さはいちばん弱いのに、なぜだかしっかりと感じられますね……」


 シュバルツ的には合格のようでほっとする。

 さて、まったく新しい味、抹茶はどうかな?


 さく。


「……!」


 雷に撃たれたかのようにシュバルツの動きが固まる。

 こ、これはどっちの反応かな?


「ここここ」

「こ?」

「こ、これはっ」


「緑くさいかと思っていたら、むしろその逆だね。テルーの説明してくれた通り、上品でやわらかい香りが鼻を突き抜けていく。心が落ち着く香りだ」

「あああ! わたくしの台詞が取られましたっ!」

「カスタードというのはなめらかな方が美味しいと思っていたけれど、これは抹茶の影響をわざと残してあるのかな? ほんの少しざらつくような舌触りがこのデニッシュにはちょうどいい」

「そうです。今日は裏ごしをせずに仕上げました」

「それに、栗の渋皮煮を2つ載せているのがうれしいね。金箔が載っていなくても、こちらの方が贅沢だ」

「アーモンドスライスも控えめなのに香ばしくていいですね!」


 シュバルツが被せるように付け加える。

 ちらっ。ハイトさんは?


「いかがですか?」

「うむ」


 口元にわずかな笑みを浮かべて、ハイトさんが頷いた。


「どちらも貴様らしいデニッシュペストリーだ」


 やったー!

 今のわたし、すごくすごく力が漲っていると思う。これで明後日からの営業もがんばれそうな気がする。


「うん。僕も同意する」

「もぐもぐ」


「ありがとうございます、皆さん。この2種類をブラッシュアップして、ブロートフェストに出品しようと思います」


 あれだけ脅されたからもうよほど何かをしてくるとは思わないけれど、万が一【若草堂】から何かをされてもこわくない。


「色々とありましたが、次の営業から湯だね食パンも復活させます。わたしはわたしの道を進むのみ!」


 ぐっ、と拳を高く突き上げた。

 ランさんが満足そうに頷いてくれる。


「ようやく本調子に戻ってきたみたいだね」

「はい。ほんとうにご心配とご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「いいんだよ。僕はテルーの為なら火にも水にも飛びこめる」


 軽い調子で言っているけれど最近のランさんは本気でやりかねないのでおそろしい。


「えーと、そうさせないように大人しく生きていこうと思います」

「……貴様の口からそんな台詞が出てくるとはな」

「ちょっと!? ハイトさん!?」


 ランさんが横でくすくす笑う。


 あぁ、このやり取り。

 なんだか日常に戻ってこられた気して、ほっとする……。

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