88.会えない 会わない?
「やぁ、テルー」
「ランさん! お疲れさまです」
閉店後の店内。
神官の制服ではなくて、ラフに白いシャツとグレーのトラウザーパンツ姿でランさんは現れた。
「すみません。1日に2回も来てもらっちゃって」
「テルーの為なら何回だって出向くから心配は要らないよ。デニッシュペストリーが楽しみすぎて胃を空にしてきた」
「うっ。それはかえって申し訳ない気持ちになります」
軽食も添えるべきだろうか?
幸いにもまだハイトさんたちがいてくれるし、2階へ上がってもらおうかな。
「ハイトさんもシュバルツも、なにか軽く食べて行きます?」
「軽くなくても! いただきますとも!」
シュバルツが大声を上げた。
よし、じゃあ決まりだ。
「でしたら皆さん、リビングに上がってもらっていいですか?」
たしか冷凍庫にスライスしたカンパーニュがあったはずだから、トマトソースとチーズでかんたんなピザトーストもつくって出そうっと。
そう思い立ったので、3人には座ってもらって、ささっと仕込むことにする。
石鹸を泡立ててしっかりと手を洗う。
キッチンからちらっと様子を確認すると、視線こそ合わせていないもののハイトさんとランさんは会話をしているようだった。
それなりに関係が成立しているようでほっとする。そもそも、敵対しているから仲良くしてほしいなんて決して考えはしないけれど。
すとすと。
軽く温めて解凍したカンパーニュにトマトソース、うすーくスライスしたベーコンと玉ねぎとピーマンを載せる。
一瞬悩んで、ハイトさん用にはピーマンを抜いてみた。それからチーズをふぁさっとかけてオーブンへ。
厨房の冷蔵庫で冷やしておいた白桃のデニッシュもお皿に移す。
パンは冷蔵すると味が落ちるけれど、デニッシュは扱いが繊細だし冷やしても美味しいからね。
「お待たせしました。カンパーニュのピザトーストと、白桃のデニッシュです。ランさんは足りなさそうならピザを召し上がってください」
「ありがとう。どちらもすばらしい見た目の上、美味しそうだ。アルコールが欲しくなるね」
「そう言うと思いましたのでスパークリングワインをお出ししますね。ハイトさんも飲まれますか?」
小さくハイトさんが頷いた。
さっそくピザトーストにかぶりつくのはシュバルツ。
「ピーザー! はふはふ」
びろーん。
程よく焦げ目のついたチーズを伸ばして美味しそうに頬張ってくれる。
わたしはハイトさんとランさんにドリンクを用意してから席についた。今日は、ランさんの隣でシュバルツの向かいだ。
ようやくエプロンを外すと、クリスタルの輝きが視界に入ってなんだかうれしくなる。
……うん、ペンダントにしてもらってよかった。
ランさんはピザトーストを1枚食べてから、白桃のデニッシュに手をつけた。
「これは、とても美味しいね」
満足そうに微笑みを浮かべる。
「白桃の甘さとカスタードクリームの甘さが、互いを殺すことなく支え合っている。相乗効果で味が華やかになっているように思えるよ。デニッシュも時間が経ってしっとりとしているけれどちゃんと軽さが残っている。さすがテルーだ」
「ありがとうございます。ランさんにそう言っていただけて安心しました」
アルコールではなくてわたしは冷たい麦茶を口にする。
「ここに、わたしらしさを加えて、【一番星】のデニッシュペストリーを作ります」
「いいねぇ。調子が戻ってきた」
「すみません。ご心配をおかけして」
ランさんはにこにこしながら首を横に振った。
「ところで、明日は空いているかな? 約束通りデートをしたいんだが」
「あっ、そうですね。大丈夫です」
デートという語感については触れないでおこう。
【透明な音色の洞窟】で助けてもらったお礼として1日出かける約束をしていたんだった。ランさんが助けてくれなかったら、死んでいたかもしれないし。
あらためて思い出すと今さらながらぞっとする。
「行き先はテルーに任せるから考えておいてくれ。昼前に迎えに行くよ」
ランさんと出かけられる場所? うーん、難題だなぁ。
そしてなんだかハイトさんの視線が痛い。
でもでも、約束だったからね。
「それからさっき魔王殿には話したんだけど、昼間に教会と王都を結ぶ連絡機構を使って、レイ嬢へブロートフェストの話をしたんだ。そしたら、宿泊先にレイ嬢の家を使ってもかまわないと言っていたよ。部屋は余っているし、きっとリーベさまも喜ぶと」
「ごふぅ」
ゆゆゆ、勇者リーベさまが!?
突然なんてことを言い出すんですか、ランさん。
「無理です無理です無理です。庶民が勇者さまの家を宿代わりになんてできません」
「テルーはきっとそう答えると思っていた。大丈夫、リーベさまは庶民の出だし、なんなら今だって庶民より庶民らしい」
大丈夫ではありません!!!
というか、庶民より庶民らしいとは……?
出た、ランさんによる勇者のイメージ崩壊発言。
「そ、それにハイトさんだって困りますよね」
助け船を渡してもらいたくてななめ向かいのハイトさんを見る。
ところがハイトさんはしれっと言い放った。
「余が会わなければいいだけのこと」
そう来ましたか、ハイトさーん。
助けてくれたっていいのにー!
「いや、でもそれはほんと無理です。ランさんと違って、わたしは超絶平民、庶民のなかの庶民なので。ふつうにふつうの宿に泊まります。勇者さまのお家だなんて、確実にくつろげません……」
「……そうか」
いや、どうしてしゅんとなるんですか、ランさん。
「しかしレイ嬢から確実にこの話は通るから、リーベさまがテルーに会いたいとおっしゃるだろうね」
「ふん。あの者ならあり得る話だ」
「ハ、ハイトさんまで!?」
「諦めるといいよ。リーベさまは魔王殿と契約したというだけで、テルーに相当興味を抱いているようだからね?」
「そ、そんなぁ……」
あのー、わたし、魔王の力を使っての世界征服を企んでもいやしない、ただのパン屋ですよ?
ブロートフェストとは別の頭の痛い問題が浮上してしまった……。
問題は浮上しても、気持ちは沈殿しそうだ……。
だって。
ハイトさんの表情は一切崩れていないけれど、なんだか、ちょっと違和感がある。
——当然のことながら、魔王は勇者との再会を、望んでいないだろうし。
——ほんとう、に?
*
*
*
皆が帰った後。
「……あ」
お皿を洗っていると、ふと、向日葵の箸に視線が留まった。
向日葵の絵が描かれた、黄色い竹箸。ハイトさんからのプレゼント。
日常使いをするぞと意気込んだものの、そういえば最近なかなか『和食』を作っていなくてそのままになっていた。
「そうだ!」
明日のランさんとのお出かけ、大きな商店街へ誘ってみようかな。
調味料のお店が開いてたら入ってみたいし、デニッシュペストリーに繋がる収穫があるかもしれない。
ランさんも、きっと物珍しいって面白がってくれるよね。
やっぱりパン中心なんだねって、笑ってくれるだろうし。




