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85.クリスタルペンダント




「それで、テルーはどんな社会的抹殺方法がお好みなのかな?」


 パン屋【一番星】の厨房。

 わたしの話を聞き終えたランさんは、口角だけを上げてみせた。

 だって深紅の瞳の奥は、ちっとも笑っていない。それがとっても、こわい。


「ランさんといいハイトさんといい、すぐに抹殺しようとしないでください」


 あぁ……。どうしてこうもわたしの周りは血の気が多いのか。


 がくっと肩を落としたわたしが面白かったらしい。

 神官姿のランさんは楽しそうに笑っている。


「冗談だよ」

「びっくりするくらい冗談に聞こえないのはどうしてでしょう……」


 夏休みを終えて、営業を再開した【一番星】。

 店に立ち寄ってくれたランさんはわたしの顔を見るやいなや、何かあったのかと尋ねてきた。普通にしていたつもりだったのに、頭のいいランさんには隠せなかったみたいだ。

 店頭をハイトさんとシュバルツに任せて、わたしたちは厨房に入った。


 ブロートフェストの書類審査を通過したこと。

 【若草堂】で起きたこと。

 わたしの生みだしたパンに限りなく近いパンが売られていたこと。

 指摘したら、逆に宣戦布告されたこと。


 闘志を燃やしていたものの日が経つにつれていろんな感情がないまぜになってきて、ふとした瞬間にうまく処理できなくなる。

 そのせいで今回の営業日では、湯だね食パンを店頭に出せていない。

 ……そんなもやもやも、包み隠さずランさんに話した。


「傷つくことはないよ。それだけテルーの生み出すアイディアが素晴らしかったということだ」

「……ありがとう、ございます……」


 ランさんが励ましてくれているのは、分かる。

 それに、その言葉を全否定するつもりはない。ほんのちょっとうれしい、誇らしい気持ちも、ない訳じゃ……ない。

 だけど。

 悔しいとか、悲しいとか、そんな気持ちも胸を刺してくる。

 感情は単純な言葉じゃ説明できなくて。


 湯だね食パンを完成させるまでの道のりと、真剣さ。

 それをぐちゃぐちゃにされたと、いうことは。


 まるで、わたし自身の存在をけがされた、みたいで。


 床を向いて言語化に詰まっていると、ランさんはぽん、とわたしの頭を撫でてくれた。


「ふふ。では、テルーが少しでも元気になれるよう、心の浄化されるような美しいものをあげよう」

「あ! もしかしてお願いしていたものが出来上がったんですか?」


 ランさんに依頼をしていたことをすっかり忘れていた。

 そうだよね。用事もないのにこんな昼間に教会の神官さまがパン屋へ来るはずないもんね。


 ランさんは頷くと、ふところから深紅の箱を取り出した。

 そっと受け取って箱を開ける。


 しゃらん。


 繊細な白銀のフィガロチェーンが軽やかな音色を奏でた。

 その先には、リボンのように幅のある白銀で囲まれた、大ぶりのクリスタル。

 チェーンとの繋ぎ部分は白銀がまさしく蝶結びのリボンになっている。


「……っ!」


 心臓が大きく跳ねる音が聞こえたような気がした。

 おそるおそる手に取る。

 クリスタルは輪郭をぐるりと囲まれているだけなので、透かすとまるでガラスのように向こうの景色が透けて見えた。


 ……とても、とてもきれいだ……。

 あまりの美しさに、悩んでいることが馬鹿馬鹿しくなるくらいには。


「あああ、ありがとうございます、ランさん。まさかこれを届けてくださるために、中抜けして来てくださったんですか?」

「うん。今朝届いたから、少しでも早く届けたくてね。闇色大蛇の鱗、クリスタルを加工したペンダント。オーダー通りに王都の宝飾工房でつくらせたよ、お姫さま」

「いや、わたしはお姫さまではありませんが。すごいです。こんなにきれいなペンダントになるなんて」


 洞窟で手に入れたクリスタル。闇色大蛇の鱗。

 そのままで飾っておこうとしていたわたしに、ペンダント加工を勧めてくれたのはランさんだった。王都で若い女性に人気の宝飾工房があるから紹介する、とまで言ってもらえたので、素直にお願いすることにしたのだ。


「僕がかけてみていいかな?」

「あっ、はい。ちょっと待ってくださいね」


 慌ててエプロンを外す。

 わたしよりもずっと背の高いランさんがわたしに向き合う。

 そして、長いチェーンをそのまま頭から被せるようにしてかけてくれた。


「……うん、似合ってる。蝶結びにして正解だ」


 チェーンは長めにしてもらったので、クリスタルはみぞおちの辺りで輝きを放っている。

 あぁ、なんてすてき……。


 目の前のランさんが満足そうに頷いた。その微笑みで背景に薔薇が咲く。


「かわいいよ、テルー」

「照れるような言い方をしないでください……」

「事実だからさ。ねぇ、魔王殿?」

「わっ、ハイトさん!?」


 ランさんの後ろにハイトさんが立っていた。

 店の方ではちょうどお客さんが途切れたようで、シュバルツの背中が見えた。


 ランさん越しに、ハイトさんと視線が合う。

 つー、とハイトさんの視線が下がり、ペンダントで止まった。


「……ふん」

「最高だってさ」

「待ってください。今のをどう解釈したらそんな感想になるんですか」


 わたしには、ハイトさんはむっとした表情にしか見えないぞ。

 そしてランさんは背後のハイトさんを無視して話を進める。


「まぁそういうことで、抹殺するならいつでも手を貸すし、それ以外でも手伝えることはたくさんあると思うので遠慮なく言っておくれ」

「抹殺……はしませんけれど、もしよかったら、今晩うちに来てくれませんか」

「いいねぇ。夜の静寂しじま、パン屋での逢瀬おうせ


 言い方がまずかったのだろうか。そうやってすぐににやにやするのはやめてもらいたい。


「あの。そういう意味で言っていないのは分かってますよね?」


 冷蔵庫で寝かせていた生地を取り出して、わたしはふたりに見せた。


「デニッシュペストリーの試作第1号を、食べてもらえませんか?」

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