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83.新商品のミーティング

突き進む第四章、はじまりです。




 晴れた日の空はほんの少し淡い青色へと変化して、うろこ雲を目にする日が増えてきた。

 朝晩の風が涼しくなってくると、秋が近づいているのを肌で感じられる。


 実家でののんびりとした夏休みを終えて、わたしはエアトベーレの家に戻ってきた。

 いや、のんびりできたのは後半の数日間だけで、橋から落ちて冒険しちゃったり、犬猿の仲だと思っていた同級生からプロポーズされたり、総合的には怒濤の夏休みだったけれど……。

 それでもプロポーズしてきた相手、ベルが王都へ戻るときにはトゥルペと一緒に港へ見送りに行って、ふつうに喋ることができてよかった。


 帰省後はお店の大掃除をしたりして、なんだかんだすぐに日常が戻ってきていた。


 そんな夏休みも終わりがけの、とある日。

 パン屋【一番星】の厨房で、店主ことわたしは眉間にシワを寄せキメ顔をつくって両腕を組み、仁王立ちになっていた。


「では、これから新商品開発のためのミーティングを始めます」


 従業員のふたりには作業テーブルの周りにわざわざ椅子を置いて座ってもらっている。

 ハイトさんが黒シャツの上から、シュバルツが黒ワンピースの上から紺色のエプロンを着けている姿も、もうすっかり定着した。


 ハイトさんは玉虫色の瞳を少しも動かさないでテーブルに視線を落としている。

 一方でシュバルツは黒い瞳を大きく見開いた。


「あ、あの、テルー?」

「質問は挙手の後にお願いします」


 わたしのキメ顔に若干引き気味のシュバルツは、おずおずと右手を小さく挙げた。


「はい、シュバルツ。どうぞ」

「何故そんなにかしこまっているのですか? 第一、これまで勢いだけで新商品開発を行ってきて、ミーティングなどしたことはありませんでしたが」

「よくぞ聞いてくれました」


 ばっ! 隠していた1枚の紙をふたりに見せる。


 【エアトベーレ・一番星 ブロートフェスト書類審査通過のお知らせ】


「この秋は、コンテストに参加します」

「……それが前にのたまっていた、〈ある挑戦〉か」


 なんと! まさかハイトさんがわたしの発言を覚えてくれていたとは!


「はい、そうです!」


 あっ、うれしくて顔が元に戻ってしまった。


 そう、秋といえば、前世ならば『食欲の秋』!

 アルバイト先のパン屋では毎年『いもくりなんきん大特集』フェアをやっていた。

 いつでも美味しいけれど、秋のパンは格別に美味しい。


 ということでわたしは【一番星】として、コンテストに挑戦することにしたのだ。


「王国主催・ブロートフェスト。なんと最優秀賞店舗は1年間、王家御用達となるのです!」


 ちなみにここ数年の最優秀店舗は【王の花】、つまりわたしの修業元。

 だからコンテストの流れや審査方法についてはなんとなく知ってはいる。


 書類審査を通過したら、約1ヶ月後に開催される実技審査で2種類のパンをつくる。

 課題パンと自由パン。自由パンは店の売れ筋で、課題パンは毎年異なる。

 そのふたつを王家で働いている料理人や有名なレストランのシェフたちに食べてもらって、見た目や味の評価をしてもらうのだ。


「自由パンは、あんぱんにしようと思っています。そして問題は、今年の課題パンなんです」

「問題、とは?」

「うちの店では敢えて避けてきた、デニッシュペストリーなんですよね……」

「今度は突然遠い目を……!?」


 デニッシュペストリー。


 かんたんに言うと、パイのようにバターを生地のなかに折り込んだ、さくさくしているパンのこと。

 生地とバターが層になっていて、オーブンのなかで一気にバターが蒸発することによって生地が浮き上がって、さくさくとした食感が生み出される。

 一般的なものだと、上にカスタードクリームや季節のフルーツを載せてあるものが多い。


「手作業でバターを生地に折り込むのが苦手なうえに、一般的なパン屋だとシーターという機械を使って大量生産することが多いので、これまでお店では出してこなかったんです」


 だけどそういう苦手な分野にも挑戦したいという気持ちはずっとあった。

 だってわたしはパン屋なのだ。苦手だから避ける、なんて人気パン屋の名がすたるってもんよ。


「そんなときブロートフェストのお知らせを見て、今年がチャンスだと感じたんです」


 申込は春先だった。

 ハイトさんたちと出会ったばかりの頃。少し気持ちにゆとりができてきたからこそ、ステップアップしたいという想いが強くなってきた頃だった。


 そして実家での夏休みを経て、わたしはやっぱりパン屋として生きていこうと決意をあらたにした。

 なんというか、いろんなタイミングがよくて、追い風に乗っている気がする。


「なるほど。テルー、あなたの主張はよく分かりました。それで?」

「それで、とは?」

「まずは試食からでしょうが」


 ぺしぺしぺし。


 シュバルツが勢いよく作業テーブルを叩く。

 しまった。そこまで考えていなかった。


「バターたっぷり、さくさくのパンを食べてみたいです。パーンー! パーンー!」

「うーん。ピザと違ってすぐにできるようなものでもないですし。あ、そうだ」


 ぱんっ。


「競合店調査に行ってみましょうか? 実はエアトベーレには、もう1軒、有名なパン屋さんがあるんです」

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