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75.話したいこと




 公民館は、それはもう見事な飾りつけがなされていた。


 屋内でまず視界に入ったのは〈おめでとうヴィアベル・キルシェ島の誇り〉というど派手な横断幕。金色の縁取りで、文字はヴィアベルの瞳の色に輝いている。

 それだけ期待値の高さが伝わってくる


「テルー! ハイトさん、シュバルツさんも」


 黒いエプロンを着けたトゥルペがわたしの姿を見つけるやいなや駆け寄ってきてくれた。

 まずパン籠を渡す。


「試作したから皆でちょっとずつ分けて食べてみて」

「ありがとうございます。うわぁ、美味しそうですね!」

「さっき道端でヴィアベルとばったり会ったよ。この飾りつけは、たしかに当日見てびっくりしてもらいたいかも」

「ヴィアベルと会ったんですか?!」


 な、なぜそんなに驚くのだ、トゥルペよ。


「……ハイトさんも、ですか?」

「そりゃ一緒に歩いていたからね」

「そう、ですか」


 淡い緑色の眼鏡の奥がしょんぼりする。

 うーん? トゥルペの反応がよく分からない。


「それにしてもすごく気合いが入ってるね」


 館内はおじいちゃん町長をはじめとして、たくさんの人間が飾りつけをしたり何かしらの準備をしていた。


「お祭りですから」

「なるほど」

「ところで、ヴィアベルとけんかなんてしていませんよね?」

「してないしてない。もういい大人なんだし。ぎこちないなりに会話してきたよ。なんか、たくましくなっててびっくりした」

「聞くところによると、魔法科ではなかなか優秀な成績を修めているようですよ」

「……恋人いわく?」

「はい。勇者リーベさまのご息女、レーベンさまに次ぐとの呼び声が高いそうです」


 へっ!?

 あ、そうか。突然レイさんの名前が出てきて動揺しちゃったけど、騎士団も魔法科卒業が必須だったっけ。やっぱりレイさんってすごいひとなんだ。

 そして、どうしても〈勇者リーベの娘〉が二つ名みたいになってしまうのか。……レイさん自身はあんまり好ましく思ってなさそうだけど。


「そういえば、先日までレーベンさまも騎士団の一員としてキルシェ島にいらしてたんですよ」


 瞳がきらきら輝いている。

 ランさんが幼なじみかつ元婚約者だということと、トゥルペが【透明な音色の洞窟】へ来られていたら会えたっていうのは黙っておいた方がよさそうだな……。


「一目見たのですがとても麗しい御方でした。彼女は魔法科を飛び級で卒業された、ここ数十年でいちばんの才能の持ち主と言われている方なのです。そんな方に次ぐと評されているなんてすごいことだと思います」

「そうなんだ。ヴィアベルがねぇ」


 だけど昔はともかく、さっきの雰囲気からしたら納得できそうだ。


「テルー」

「なに?」

「まるくなりましたねぇ、ほんとうに」


 ちょっと。そこ、しみじみとするところ?

 保護者のごとく感慨にふけりはじめたので、放っておこう。


 いつの間にかシュバルツは飾りつけを手伝っているし、ハイトさんは静かに館内を見渡していた。


「どうかされましたか?」


 どうやら人々の動きを観察しているようだ。基本的に無表情なのもあって、ハイトさんの考えていることはよく分からない。

 もしかしたら、人間がこんなに集まっているのを見るのが珍しいんだろうか。


 ぱたぱた。


 ハイトさんのもとへシュバルツが駆け寄る。両手にはなにかの包み。


「手伝ったらお菓子を貰えました。後ほどいただきましょう、我が君」

「うむ」

「お菓子目当てで手伝っていたんですか……。まぁパンも渡せたし、わたしたちは帰りましょうか」


 人は足りていそうだし、わたしの手伝う余地はなさそうだし。

 パンの感想は夜にでも訊きに行けばいいかな。



 昼間の暑さが嘘のように、夜になると涼しくなる。

 灯りが少ない分、エアトベーレよりも夜空が濃く、星の瞬きは強い。


 トゥルペの家までてくてくと歩いて行く。


「シュテルン!」


 もう驚かない。後ろから声をかけてきたのはヴィアベルだ。

 昼間と同じ恰好をしている。


「よかった。今、家に行こうと思ってたんだ」

「え? わたしの家に?」

「その……話したいことがあるんだ。それで」


 びくっ。

 思わず構えてしまう。昼間はなんとか会話したものの、過去のあれこれを掘り返されたら……いやでも悪いのはわたしだし、この感じだとすなおに謝れば伝わるよね? よしっ。そうしよう。誠意を示そう。


「な、なななな、なに?」

「あのさ……」


 ヴィアベルが言い淀む。

 よっぽど話しにくいことを切り出そうとしているに違いない。

 冷や汗が背中を伝う。


 ところが、ヴィアベルが口を開くよりも先に、わたしの隣に誰かが立った。


「ただいま、テルー」

「ランさん!? ツィトローネから戻ってきたんですか?!」


 大きな花柄のシャツに、夜でもサングラスという、いかにも怪しげなランさん。

 ぽん、っとわたしの両肩に遠慮なく手を置いてくる。いやそこは遠慮しようよ。言っても聞いてくれないだろうけど。


「……ん? 君はたしか、魔法科の」


 見事に話に割って入ってきたランさんはサングラスを少しずらして、目の前のヴィアベルを見た。

 どうやら既に顔を知っている様子だ。神官さまって魔法科卒ではないはずだけど、レイさん経由で知り合いなのかな。


「あ、あなたはロトローゼ家の……!」


 そしてヴィアベルもランさんのことを知っているようだ。


「こんな夜道で女子に声をかけるなんて、どうしたのかな?」


 うっわ。ランさん、めっちゃわざとらしい。それで言うならランさんの方が明らかに不審者なのに。


「彼女は同級生です。あなたこそ親しげに触れていますが、神官殿がどのようなご関係ですか?」

「いや、親しげではないからね?!」


 ……昼間からヴィアベルに対して否定してばかりいる気がするけれどしかたない。


「僕とテルーは友人だよ。ねぇ?」

「……一応それは認めますが」


 ヴィアベルの口がぽかんと開いた。


「ゆ、友人?」

「主張があるなら、君も彼女を愛称で呼べるようになってからしたまえ。では失礼するよ」

「ちょっと、ランさん」


 ランさんはわたしの肩を持ったまま無理やり歩き出す。


「ごっ、ごめん。話の続きはまた今度!」


 足が速い。

 まだぽかんと立ち尽くしているヴィアベルに向かって、叫ぶことしかできなかった。

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