53.この夏の計画
こ、こ、恋している者だって?
ランさんまで、突然何を言い出すのだ。
「まさか。そんなひと、いないですって」
わたしが苦笑混じりに即答すると、トゥルペはふるふると首を横に振った。え?
頬に赤みが差している。
酔っている? 酔っているのね、トゥルペ?
「同級生にひとりいたんですけれど、本人はまったく気づかず敵対視していました」
え? ちょっと待って、誰の話をしているの。
「へぇ。一度会って、話をしてみたいものだね」
「でしたら是非、島へお越しください。ご存知かどうかは分かりませんが、島の中心にある山の上には三つ星ホテルがありますので、フランメ神官さまもストレスなく滞在できると思います。今年はテルーも夏に帰省するって言ってくれたし、よかったら同じタイミングでどうぞいらしてください」
「トゥルペ、ちょっと、急に何を言い出すの?」
トゥルペが上機嫌で白ワインを飲み干す。
するとランさんはさっと空のグラスに白ワインを注いであげた。
「へぇ。是非ともそうさせてもらおうかな」
「いやいやいやいや。ランさん、まとまったお休みなんて取れませんよね? というよりまとまったお休みが取れたら、ご実家へ帰省された方が」
「夏に離島でバカンス、最高だと思うよ」
「ランさん……? もしかしてこれも狙いですか……?」
島に招かれた、という言質を取る。
にこにこして否定しないということは、正解なのだろう。
「そこの不満そうにしている君も来たらいいだろう。どうせどこでも自由に移動できるだろう? 神殿関係以外は」
「……ふん」
そしてハイトさんもランさんの挑発を否定しない。
いや、それよりも。
「その同級生って誰。ほんとうに思い当たる節がないんだけど」
「ふふふ。さて、誰でしょう」
答えようよ、そこは。
というか酔っていなくて、からわかれているだけのような気もしてきた。
……男子となんて数えるくらいしか喋ったことがないしほんとうに分からないので、トゥルペによるはったりだということにしておこう。
ぐいっと白ワインを飲み干す。
あぁ、心にまで染み渡るようだ。
「夏の島はいいですよ。雲ひとつない青空、どこまでも透きとおった海。風も程よく心地よく。それに、海の幸は美味しいですし、中央に山もあるから山の幸だって実は豊富なんです。フランメ神官さまもハイトさんも心からお待ちしていますね」
トゥルペのなかでふたりの来訪は確定事項となったらしい。
と、いうことは。
久しぶりの帰省が今日以上にカオスな状況となるのも確定事項だ。
だって、ヴィアベルも帰ってくるって言ってたよね?
さようなら、わたしの平穏な帰省……。
……これ以上何かをつっこんでも無駄だと判断して食事に戻る。
なんだかんだ皆もりもりと食べてくれているようでポテトサラダが残りわずかになっていた。
カレーライスも受け入れてもらえてよかった。
これからはお店に出すカレーパンをどうするか考えなきゃいけないよな。
小エビよりも肉類をメインにした方が、パンチが効いていいだろう。
今日のカレーは甘めだけど、パンに負けないように辛口にしてもいいかもしれない。
限定にするからには特別にしたいカレーパン。むむむ。
「……テルー? 聞いてますか?」
「へっ!?」
突然トゥルペに話を振られた。
じゃなくて、わたしが気づかなかっただけみたいだ。
「もう。何かを考え出すと周りが見えなくなるくせも、相変わらずですね」
「……どうせパンのことを考えていたのだろう」
ずず。
ハイトさんがコンソメスープを飲み干す。
「その通りすぎて、なんだかすみません。で、何の話をしていたんですか?」
「【透明な音色の洞窟】の話です。フランメ神官さまもハイトさんも、興味津々だそうですよ」
「ぶっ」
この世界には冒険者制度が存在する。
遺跡類へは冒険者資格がないと足を踏み入れることはできない。
だけど、とてつもなく簡単に踏破できるものなら、天然・人工にかかわらず一般人でも冒険を楽しむことができるのだ。
そのうちのひとつが、わたしの故郷にある【透明な音色の洞窟】という、名前だけは仰々しい超初級の洞窟迷路だ。
迷路といっても進行方向はひとつしかなく、その通りに進んで、最奥部にあるクリスタルを持ち帰ればクリアしたことになる。
もちろん冒険者に憧れていたわたしも家族で踏破済み。子どもの頃はそのクリスタルを宝物のように大事に飾っていたものだ。
しかし魔物も出てこないし迷うことすらできないようなダンジョンのどこに、ランさんやハイトさんのくいつく要素があったというのだろうか。
「冒険者に憧れていたというテルーのお手並み拝見と行きたいものだね」
「貴様たちだけで行かせる訳にはいかぬ」
「い、いや、ほんとにあの場所は歩くだけですからね? おふたりには退屈だと思いますよ?」
ランさんがくるりと体をわたしの方へ向けた。
「テルーと一緒ならどこだって楽しいさ」
これはレイさんへの報告事案だろうか。うん、きっとたぶんそうだ。
しまった、連絡先を確認しておくべきだった。
わたしは顔ごと視線を壁に向ける。
「そ、それはどうもー……」
「では決まりですね! あぁ、今年の夏がどんどん待ち遠しくなっていきます」
……わたしは逆に憂鬱になっていくよトゥルペ。
あっ。気づくと皆のうつわが空になっている。
「ところで皆さん、お腹の具合はいかがですか? ちょっとしたデザートを用意しているのですが」
「すばらしい気遣いだね。ありがとう、いただきたいな」
「ではうつわを下げますね」
立ちあがって、自分とランさんのうつわを持つ。
するとハイトさんもすっと立ちあがって、トゥルペと自らのうつわを持った。
「手伝おう」
「あっ、ありがとうございます」
キッチンのシンクにうつわを入れて、軽く水に浸けておく。
カレーって、美味しいけれど、洗うのが大変なんだよね。
ハイトさんがわたしの横に立つと、ぼそっと呟いてきた。
「……貴様、あの者に隙を与えすぎだ。もう少し警戒した方がいい」
「大丈夫ですよ。なんだかんだ、ランさんはいいひとだと思います」
ハイトさんが眉間にしわを寄せて、はぁ、と溜息をついた。
感情を出すような仕草が珍しくてびっくりする。
びっくりするけど、ちょっとかわいいと思ってしまった。
「……その間抜け面は何だ」
「あ、いえ、ハイトさんでも困ることがあるんだなって」
これ以上話を続けると怒らせてしまいそうなので、冷凍庫からマンゴーシャーベットを4つ取り出してトレイに載せた。
「はい、お願いしますね」
「ふん」
さて、スープとポテトサラダのうつわも下げてしまおうかな。
「テルー! あたしの大好物のマンゴー……!」
ハイトさんの置いたマンゴーシャーベットを見るやいなや、うち震えているのはトゥルペだ。
「さっぱりするからカレーと相性がいいのよ。もちろん、トゥルペにはお代わりもあるから遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます。テルー、最高です!」
てのひらにおさまる、小さなガラスのうつわ。
濃い黄色のマンゴーシャーベットにはミントの葉を載せて彩りにした。
しゃりっ。
とろり。
濃厚なマンゴーが、口のなかのスパイシーさを鎮めてくれる。
トゥルペがじたばたしている。よほどうれしいみたいだ。
ランさんも満足そうにシャーベットを口に運んでいる。
「テルーはパンだけではなく料理全般が得意だということがよく分かったよ」
「ランさん、だから褒めすぎなんですって。それに、島にいた頃は料理なんて全然やらなかったんですよ。パン屋になるって決めて島を出て、ちょっとずつ覚えていったんです。だからまだまだ勉強中の身だし、これからもっと胸を張って、料理が得意だって言えるようになりたいなって思ってます」
照れ隠しで一気にまくしたてた。
それでもランさんはやっぱりにこにこしているし、ハイトさんはむっとしているのだった。




