44.胃が痛くなる提案
翌日。
「お待たせしました」
「実習お疲れさま! 大丈夫。まだ約束の5分前だよ。わたしも今着いたばっかだし」
陽の沈む頃、待ち合わせ場所に現れたのはトゥルペだ。
ピンクベージュのスーツがよく似合う。
明日は教育実習の中休みということで、一緒に晩ご飯を食べに行くことにしたのだ。
向かったのは、商店街のなかにある小ぢんまりとしたレストラン。
店内はほんのりと薄暗い。すずらんのかたちをした間接照明がところどころでほんのりと光っている。
女性客が多く、静かながらもおしゃべりで賑わう店内には森をイメージするような雑貨が飾ってあったりして、なんだか居心地がいい。
わたしはチーズハンバーグを、トゥルペはあさりのスープパスタを注文した。
そして、お互いにオレンジジュースで乾杯。
果汁をその場で絞ったオレンジジュースは瑞々しくってすっきりと甘い。一気に半分ほど飲み干してしまった。
「教育実習、調子はどう?」
「とても楽しいです。エアトベーレの子どもたちはすなおで可愛らしいですね」
「へぇ、そうなんだ」
たしかに、【一番星】へ買い物に来てくれる子どもたちは明るくて元気いっぱいなイメージがある。
そんな子どもたちにトゥルペの人柄が受け入れられているということだから喜ばしい話だ。
「休日明けからは実際に教壇に立つので、明日は教会の女子寮にこもって教材作製と確認です」
「うわぁ。休みが休みじゃないなんて大変だね」
「……休日に試作をしているテルーに言われましても」
「うっ」
おっしゃる通り。的を射た意見でゴザイマス……。
今日も今日とて日中は湯だね食パンの、湯だねの比率を研究していた。
おかげで完璧な配合を決定することができたから、次の営業日から販売開始予定である。
「あたしたちは似たもの同士ってことですね」
「……それは心から同意する」
だから仲良くなったし、ここまで友人関係が続いてきたんだろうな、とも思う。
「お待たせしました」
まず運ばれてきた海藻サラダを口に運ぶ。
数種類の海藻が入っていて、ぷちぷちとした食感が楽しい。
玉ねぎドレッシングもよく絡んでいてするする喉を通っていく。
パンはてのひらサイズのハード系パン、プチハード。
プチハードがエアトベーレのレストランでは定番のパンなのだ。
プチハードを手で割ろうとしたタイミングで、トゥルペが話題を変えてきた。
「ところでフランメ神官さまとお話しする機会があったのですが、友人関係にあるというのはほんとうですか?」
「ぶほぉ」
ランさんのことだ。
わたしと同郷出身者がいると気づいて敢えてトゥルペに声をかけたのかもしれない。
流石にわたしにも分かるようになってきたよ……?
「最終日に、フランメ神官さまと一緒に食事しようという話になったので、銀髪の従業員さんも誘って4人で行きませんか?」
待って。
何、その想像するだけでも胃痛がしてきそうな組み合わせは。
「えーと? その心は?」
「どちらがテルーに相応しいか、あたしがこの目で見て確認したいからです」
「ぶっ」
何故。何故。そんな展開になるのだ……。
トゥルペ、お願いだから心穏やかに食事をさせてちょうだい。
「前にも言ったよね? ハイトさんはただの従業員。ランさんは友人。ふたりともトゥルペの考えるような関係じゃないから」
「信じられません。男性の苦手なテルーが、エアトベーレで、ふたりも男性の友人を?」
「それにはわたしもびっくりしているけれど」
「でしたら、友人代表として経緯を伺うくらいは必要かと思います」
「お待たせしました。チーズハンバーグと、あさりのスープパスタでございます」
最高のタイミングでメイン料理が運ばれてきた。
チーズハンバーグと、あさりのスープパスタ。
ほかほかと湯気が二重奏を奏でている。
「あつあつのうちに食べちゃおう! いただきまーす」
「ちょっと、テルー!」
まんまるのハンバーグを真ん中で切ると、肉汁とともにオレンジ色のチーズがとろーりと流れ出してきた。
薄暗い店内でも、脂はきらきらと輝いている。
ひとくち大に切ったハンバーグを、肉汁とチーズにしっかりくぐらせてから口に運ぶ。
「お、美味しい……!」
勝手に手足がじたばたしてしまう。
こんなに旨みのつまったハンバーグ、初めて食べた。
切ってしまったことで肉汁が皿へ流れ出してしまったというのに、噛めば噛むほどまだ肉汁が奥から溢れ出してくる。
挽肉も弾力があるのにかたくなくて、噛むのが楽しい。
肉が美味しいだけではない。
チーズもよく見たらオレンジ1色ではなくて、黄色や白のマーブル色をしている。いろんな種類のチーズが複雑に絡み合っているのだろう。
「あさりも身が大きくて美味しいです。にんにくも鷹の爪もしっかり効いていますね。明日はこもる予定だから安心して食べられます」
「にんにくは食べるタイミングだよね、ほんとに」
「それで、食事会の話ですが」
おっと。忘れられていなかったか。
「でも、ランさんがいると、ドレスコードの必要な高級店に連れて行かれるからなぁ」
「連れて行かれたことがあるんですか?」
「待って待って。それに関してはわたしだけじゃないよ」
慌てて付け加える。
あの場には、なんならレイさんだっていた。
「高い店は緊張するから、そういう意味でもちょっと」
「でしたらテルーの家はどうですか?」
「え?」
予想もしなかった方面からの提案に、思わずトゥルペの顔をまじまじと見てしまう。
幼なじみは真剣に、かつ楽しそうに眼鏡の奥の常磐色をした瞳を輝かせている。
さらには、ぱんっと両手を叩いてみせた。
「テルーのつくってくれた料理、とても美味しかったですよ。ふだんお世話になっているのなら、お二方を自宅にお招きして手料理を振る舞われてはいかがでしょう」
「う、うーん? それはちょっと」
「ただの友人なら、自宅に招いたってなんの問題もないでしょう?」
なんという屈託のない笑顔。
……完全に負けである。
「……えーと、前向きに検討してみるけれど」
「では決まりですね。あたしもテルーの手料理をしっかりと食べて、美味しかったってエアトベーレの皆に、諸々報告したいですし」
「それは報告しなくていいから」
まぁ、それならランさんに支払わせることもないし、きれいな恰好をする必要もないし。
ランさんとハイトさんになんだかんだお世話になっているお礼もできるから、いいかな。
……と思わないと、胃痛がしてきそうだ。あー。あぁー。
事情を知らないトゥルペは、呑気にあさりの身を殻から外している。
「楽しみにしていますよ、テルー」




