28.食パンの型を求めて
目的の駅で降りる。
線路の片側は堤防をはさんで海が広がり、反対側には低い建物ばかりが並んでいた。
住んでいる辺りとは景色がまったくちがう。
どちらかというと実家の方の雰囲気と似ているかな?
潮風が心地いい。空を見上げるとかもめがかろやかに飛んでいる。
「ここから少し歩きますね」
堤防沿いの整備された道。
ふたりで並んで歩きはじめると、あらためてハイトさんの背の高さに気づく。というか背が高いと言うことは歩幅も広いはずなのに、もしかしてわたしの歩くスピードに合わせてくれているんだろうか。
「何がおかしい」
「いえ、なんでもありません」
わたしが雇用主だから気を遣っているんだろうな。そういうところ、真面目だよね。
陸側に曲がって路地へと入って行く。
住宅密集地を抜けて、大きな道に出る。遠くに見える教会まで、道の両脇に店がずらりと軒を構えていた。
わたしはハイトさんの正面に立ってから、両腕を広げてくるりと半回転。
「ここが問屋街です!」
そして宝の宝庫である! 久しぶりに来たけどわくわくする!
「鼻息が荒いぞ」
はっ。早速テンションが上がったのがバレている!
「だ、だだだだって」
ガラス張りの店を指差す。
並んでいるのは業務用の大鍋だったり、フライパンだったり、蒸し器だったり、包丁だったり、まな板だったり。とにかく料理にまつわるものがなんでも揃っているのだ。
じゃなくて、落ち着けわたし。
今日の目的は食パンの型。
衝動買いはもってのほかである。
「ハイトさん……」
「なんだ。興奮していたかと思えば突然落ち込んで」
「わたしが食パン型以外を買おうとしたら全力で罵倒してください……」
「貴様は馬鹿か」
「あぁっ! まだ早いです!!」
すたすた。
ハイトさんが歩き出す。
「さっさとしろ。1軒ずつ見て回りたいんだろう?」
「……は、はいっ」
買うかどうかはさておき。
ってそれ、1軒ずつで罵倒されるっていうことですか?
いや、でも、付き合ってくれるってことだからありがたいよね。
寸胴鍋だけしか扱っていない店。
蒸し器が1人分から大物まで、しかも様々な素材で揃えられている店。
やたらとカラフルな調理小物が並んでいる店。
「うへへ……楽しい……」
「よだれが出てるぞ」
「ぎゃっ」
まさかの、箸専門店まである。
店内に並ぶ箸、箸、箸! 菜箸から食事用までずらりと壮観である。
「はわわ……! いやいや! 今日は型だから!」
手に取ろうとして、自制心を必死に働かせて首を振る。
よくやったわたし! えらーい!
断腸の思いで外に出ると、ハイトさんが尋ねてきた。
「今の店で扱っていた細い棒は何だ」
「箸っていう調理器具兼食事用道具です。朝ごはんをつくっていて、ほしいなって思っていたところだったので、つい」
「フォークやスプーンのようなものか」
「まぁ、そんなところです」
次に来たときは必ず買おう。あぁ、愛しの箸よ……。
なんとか未練を振り切って、ようやくパン関係の店に到着である。
魔法制御窯。発酵器。ケース。こね台。型。帆布。ボウル。ざる。はけ。木べら。カード。なんでも揃っている、ここは夢の国なのか……っ!
「えっへっへ……」
「顔が崩壊しているぞ」
「食パン型を買おうとしているのに罵倒しないでください」
食パン型も素材がいろいろとある。
アルタイト。ブリキ。鉄。ガラス。陶器。厚紙。
うわっ、鍵付き棚にはオリハルコン製まである。こわいから値札は見ないでおこう。
一般的なのはアルタイトかなぁ。
たしか、鉄にアルミメッキをしているものだったはず。
熱伝導性がいいし、使えば使うほど型離れがよくなっていくんだよね。
さらに同じ1斤型でも、真四角もあれば長方形、筒状のものもある。
1斤、って実はアバウトで、きっちりとした規格はないらしい。
どれにしよう?
「……どんな食パンをつくりたいか、だよね……」
ふわふわか、もちもちか。しっとりか。
食パンというのはシンプルだからこそ、作り手の気持ちがはっきりと出てしまう。
できることなら『完璧な食パン』をつくりたい。
この世界での食パンは、バゲットみたいなパリッとしたハード系のパンと対照的に、中身のやわらかさを楽しむパン・ド・ミだ。
パン・ド・ミをスライスしてつくるクロック・ムッシュはカフェでも食べることができる。チーズとハムをはさんで、上にはホワイトソースをたっぷりと載せたものはほんとうに美味しい。
そのまま食べても美味しくて、トーストしても美味しくって。
サンドイッチにしたら具材のよさを最大級に引き出してくれる。
クロック・ムッシュなら絶品。
そんな食パン……。
うーん。真四角と長方形、両方買ってみて試作だな。
両方手に取ったとき、ふと、視線がその下の商品に引っ張られた。
「こ、これは……!」
白くて四角い土台。その上の操作パネルと、筒状のポット。
パン生地を大量にこねるための機械、ニーダーである。
もちろん魔法制御タイプなのでわたしにも扱える。
「ひぃ……お値段15万……」
「そちらは発売されたばかりの新型なので、型落ちならもう少しお安くなりますよ」
わたしの悲鳴に反応して店主さんが奥から声をかけてくれた。
「さらに型落ちの中古品ならその半額です。昨日いいのが入荷したんですが、どうですか?」
「あっあっ、見させていただいてもいいですか?」
店主さんの言葉通り、中古とは思えないほどきれいな品物だった。
食パンもそうだけど、ニーダーがあればこねが捗る。
体力をほかの作業に使える。
うーん、ひっじょーうに、魅力的。
ぼそっとハイトさんが耳打ちしてきた。
「貴様、型以外は買わぬのではなかったか」
「これがあるとたくさんパン生地をつくれるんですよ……このお値段なら今後の投資としてはお安い方なんです……」
「……好きにしろ」
「まだ無料保証期間も残っていますし、今なら送料無料でお届けしますよ」
「買います!」
これは必要経費。必要経費なのである。
お金を多めに持ってきておいてよかったー!
「ありがとうございました〜」
ほくほく。いい買い物ができた。
「さて、ランチでもしましょうか。ここまでは厨房器具のお店ばかりでしたが、ここから教会までは飲食店もいくつかあるんですよ」
「ランチ!」
「うわっ、シュバルツ!」
シュバルツの登場。
タイミングを見計らっていたとしか思えない。
「何を食べますか? 海沿いということはシーフードですか? 実はわたくしは肉より魚派なのです」
聞いていない自己アピールをどうもありがとう。
そしたら、魚の美味しい店を探すとしますか!




